私の人生は私のものです

10  伯爵令嬢の真意 ②

 ラファイ伯爵令嬢が待っているというポーチに移動しようとすると、リファルド様もゼノンも一緒に話を聞きたいと言うので、テラスまで連れてきてもらうことになった。

「ああ! サブリナさん!」

 私を見ると、ラファイ伯爵令嬢はいつもの声色とは違い、媚びたような可愛らしい声で話しかけてくる。

「サブリナさん、昨日は大変失礼いたしました」
「……なんのことでしょうか」

 低い声で聞き返すと、ラファイ伯爵令嬢は焦った顔で訴えてくる。

「私の姿を見てください! 昨日と変わらないでしょう?」
 
 言われてみれば、昨日のパーティーの時と同じドレスを着ているような気がする。

「そう言われてみればそうですわね」
「婚約破棄された上に、あなたの件があって家を追い出されたんです。お父様からは、あなたに許してもらえたら帰ってきても良いと言われまして……」

 ラファイ伯爵令嬢は一気に早口で話すと、媚びた笑みを浮かべる。

「サブリナさんはお優しい方ですもの。過去の過ちは許してくださいますわよね」
「許す許さないかは、ラファイ伯爵令嬢が決めることではないでしょう」

 やっぱり、自分のことしか考えていないのだと思って腹が立った。

 嫌がらせをされていた過去は、自分が全て悪いのだと自分自身で決めつけていた。
 でも、そうじゃないわ。

 もちろん、私が悪い時もあったとは思う。
 
 でも、あの当時のいじめの多くはただの嫌がらせにしかすぎない。
 平気で人の心を傷つけておいて、自分が大変な目にあっているから許してほしいだなんて、よくも言えるものだわ。

「で、ですから、今、許してもらうために謝っているんじゃないですか」
「……昨日はそんな素振りは一切見せませんでしたよね。それに謝罪の言葉も、昨日はと言っていましたわね」
「そ、それは、昨日の件はその、大勢の前だから動揺していたんです。だって、婚約破棄されたんですよ!? 私はずっと、リファルドさまを慕っていたのに!」

 ラファイ伯爵令嬢は、リファルド様に目を向けて続ける。

「浮気だなんて、私、していません。信じてもらえなくて悲しいです」

 リファルド様は何も答えずに不機嫌そうな顔をしている。反応がないからか、ラファイ伯爵令嬢は私に目を向けた。

「オルドリン伯爵もショックを受けていると思いますわ。……それにこんな大変な時に、自分の妻が他の男性と仲良くしているだなんて聞いたら、オルドリン伯爵は余計に悲しまれているでしょう」

 ほくそ笑んでいるようにしか見えない笑みを浮かべたラファイ伯爵令嬢に、私も作り笑顔で答える。

「もう妻ではありません」
「……は?」
「オルドリン伯爵とは離婚いたしました」
「え……、は?」
「もう一度言いますね。私はオルドリン伯爵と離婚いたしました。今は彼とは元妻と元夫の関係です。共有財産はありませんので、自分のものだけ持ってオルドリン伯爵家を出ました。ですから、オルドリン伯爵が悲しむことはありません」

 ラファイ伯爵令嬢は予想外のことだったのか、口をあんぐりと開けて私を見つめた。

「どうしてそんなに驚くのかはわかりませんが、その理由を知りたいとも思いませんので聞かないでおきます。お話はもう終わりでしょうか」

 ラファイ伯爵令嬢への怒りで、声が震えているのが自分でもわかった。

 でも、ラファイ伯爵令嬢は怒りではなく、怯えて声が震えているのだと勘違いしたようで、強気の笑みを浮かべる。

「もしかして、リファルドさまから許すなと言われているのではないですか」
「……どうしてそう思うのですか」
「私はリファルドさまのことをよく知っていますからわかるんです」

 向かいに座っているリファルド様が大きなため息を吐いて、私に言う。

「ストレスが溜まる。さっさとケリをつけてくれ。君が無理なら俺がやるぞ」

 リファルド様はラファイ伯爵令嬢に言い返したいけど、今は私と彼女との戦いだから、口を挟まないようにしてくれているみたいだ。

「申し訳ございません」

 謝ってから、ゼノンに目を向けると、なぜかニヤニヤしている。

 笑うところなんて一つもないんだけど!

 深呼吸してから、ラファイ伯爵令嬢に話しかける。

「ラファイ伯爵令嬢にお聞きします」
「……なんでしょうか」
「リファルド様のことをよくご存知なのですよね?」
「……そうですけど何か?」
「なら、わざわざここに来て、リファルド様を苛立たせているということは、リファルド様にもあなたの趣味の嫌がらせをしに来たということでしょうか」
「嫌がらせだなんて! そ、そんなつもりじゃ!」

 慌てて、ラファイ伯爵令嬢は否定したけど、リファルド様の顔を見て口を閉ざした。

 リファルド様はすごく不機嫌そうな顔をして、ラファイ伯爵令嬢を睨んでいる。

「趣味っていうのは否定しないんだな」

 ゼノンが笑うと、ラファイ伯爵令嬢は顔を真っ赤にして否定する。

「趣味なんかではありません! 学生時代のいじめは認めますわ! でも、理由があるのです!」

 いじめに理由があると言われてもね。

「一応、理由を聞いておきましょうか」
「……あの時の私は、精神的に追い詰められていて、サブリナさんに当たるしかなかったんです」

 ……意味がわからないわ。

「あの、ラファイ伯爵令嬢」
「……なんでしょうか」
「自分で何を言っているか理解されていますか?」

 わざとらしく小首を傾げて尋ねると、ラファイ伯爵令嬢は悔しそうな顔をして私を睨みつけた。

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