私の人生は私のものです

11  伯爵令嬢の真意 ③

「り、理解していますわよ! なんて失礼なことを言うのですか!」
「そんなことを言い返してくるあなたに驚きです。今まで私にあれだけ失礼なことをしてきておいて、よく言えますね!」

 興奮してはいけないとわかっているのに抑えられない。
 椅子から立ち上がり、感情的になって叫ぶ。

「私の学生時代がどれだけ辛いものだったか想像がつきますか!?」
「つくわよ!」

 ラファイ伯爵令嬢も興奮しているのか、媚びることを忘れて言い返してくる。

「それでも学園に来ていたということは耐えられるほどの辛さだったのよ! 今の私はあなたと違うの! 家を追い出されたのよ!? あなたには住む家があったんだから、わたしのほうが辛いに決まっているでしょう!」 
「あの時の私はオルドリン伯爵のためだと思って耐えられていました! だけど、無駄だった! この気持ちがあなたにわかるわけがありません!」

 何のためにあんな辛い思いを我慢して、学園に行っていたんだろう。

 アキーム様のためだけに頑張っていたのに――

 アキーム様のことがなければ、家を追い出されても良かった。

 あんな辛い環境にいるくらいなら、どこかで野垂れ死んだほうが良いと思った。
 それでも、踏みとどまれたのは――

「あの人の傍にいたいと思ったからなのに」

 涙があふれてきて止まらなかった。

 慌てて立ち上がったゼノンを、リファルド様が制する。

「まだ、サブリナ嬢は終わってない。そうだろ」

 リファルド様が挑戦的な笑みを浮かべて尋ねてきたので、大きく首を縦に振る。

 そうよ。
 これくらいで終わらせられない。

「……ありがとうございます」

 涙をハンカチで拭ったあと、ラファイ伯爵令嬢に告げる。

「今の涙で完全に吹っ切れました。オルドリン伯爵を許すこともないし、ラファイ伯爵令嬢、あなたのことも絶対に許しません。過去のことは、あなたのお父様に報告させていただきます」
「やめて!」

 ラファイ伯爵令嬢は涙目で訴えてくる。

「オルドリン伯爵との離婚理由はどんなものかは知らないけど、あなた、今までは幸せだったのでしょう? それで良いじゃないの! わたしは結婚の夢を絶たれたのよ!?」
「あなたの婚約が駄目になったことは、私のせいではありませんし、私はあなたとオルドリン伯爵が浮気していたことを責めているんじゃありません。あなたが過去にしてきたことを問題にしているんです。それは、あなたのお父様も同じなのでしょう?」
「そ、それは……」

 ラファイ伯爵令嬢は地面に座り込んで頭を下げる。

「申し訳ございませんでした。謝りますからお許しください」
「……これからする質問に正直に話をしていただけるなら考えます」
「なんでしょうか!?」

 ラファイ伯爵令嬢は頭を上げて、明るい表情を見せた。

 喜んでも無駄なのに。

 そんな言葉を口に出さないように堪えて、質問をする。

「どうしてあなたは、私に嫌なことをしたんですか。オルドリン伯爵に頼まれたからですか?」
「い、いいえ、その、たまたま、目の前にあなたがいたからで」

 ラファイ伯爵令嬢は笑みを消して目を泳がせながら答える。

 たまたま、目の前にいたからですって?

「では、他の人に同じことをしなかったのはなぜですか? 目の前には他にも人がたくさんいましたよね」
「……苛立たしく思わなかったからです。その、あの時のわたしはストレスが溜まっていたんです!」
「私のせいでストレスが溜まっていたとでも言うのですか?」
「いいえ。他のことでです! だから、誰かを傷つけることでストレス発散をしようとしていたんです!」

 堂々と言っているけれど、言っていることは普通の人なら考えないことだ。

 たとえ、考えたとしても実行には移さないし、八つ当たりしてしまったとしても、すぐに後悔するものだ。

 ラファイ伯爵令嬢のように開き直ったりなんかしない。

「あなたの考えはわかりました」
「では、許していただけるんですね!?」
「そんなわけがないでしょう。やはり、過去の話はラファイ伯爵にお話をしなければならない内容だと思います」
「や、やめて、そんな! わたしのお父様がどんな人かわかって言っているの!?」
「ラファイ伯爵がどんな人であろうとも、あなたの過去の話をするつもりです」
「やめてって言っているじゃないですか! そんなことになったら、わたしはもう社交場にも呼ばれなくなってしまうわ!」
「呼ばれなくなるのはオルドリン伯爵も同じでしょう。二人仲良く暮らしてはどうでしょうか」

 そうだわ。

 住む家がないのなら、それこそ、アキーム様と静養地で大人しく暮らしていれば良いのよ。

「嫌よ! 私には華やかな世界が似合うの! どうしてよ! そんなに嫌ならもっと早くに言ってくれれば良かったじゃないの!」
「嫌だと言えば嫌がらせをエスカレートさせたのはあなたじゃないですか。そんなことまで忘れているようでしたら、反省する気はないとみなします。お帰りください」
「謝ります! 謝りますから許してください!」

 私の所へ駆け寄ろうとしたラファイ伯爵令嬢を、周りを取り囲んでいた兵士が止めた。

「サブリナさん、ごめんなさい! あなたがそこまで苦しんでいるとは思わなかったの! 正直に話すわ! 実は、あなたを攻撃しろと言ったのはアキーム様なのよ!」
「だからって言いなりになる必要はないでしょう」
「あの時のわたしは子供だったの!」
「なら、その責任はご両親に取ってもらいましょう」
「そんなっ!」

 兵士に押さえつけられたラファイ伯爵令嬢は、悲鳴のような甲高い声を上げた。

 彼女にはアキーム様と一緒に苦しんでもらう。

 人を傷つけるという行為がどれだけ駄目なものなのか。
 安易な気持ちで浮気をしたのだから、そんなことをしたらどうなるのか。

 ちゃんと知ってもらわなければならない。
 というか、大人なんだから知っていて当たり前なんだけどね。

「さようなら、ラファイ伯爵令嬢。もう二度と私に近づかないでください」
「そんな! あなたが許してくれないと、わたしは家に帰れないのに!」
「あなたは自分のことしか考えていないのですね」
「……少しいいか?」

 リファルド様が手を挙げたので頷くと、彼は口元に笑みを浮かべて話す。

「もし、サブリナ嬢に近づけば、ワイズ公爵家が相手になる。言っておくが、こちらはそっちに馬鹿な真似をされて腹を立ててるんだ。次も許してもらえると思うなよ」
「……う、あ……っ」

 ラファイ伯爵令嬢の目から大粒の涙が溢れ出した。

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