【書籍化】私の人生は私のものです
14 幸せだと思えること ③
3日後、両親がジーリン伯爵家にやって来た。
伯父様達と一緒にエントランスホールで出迎えた私に、お父様は無言で近寄ってくると、私に向かって手を伸ばしてきた。
でも、隣にいた伯父様が睨みをきかしてくれたので、行き場をなくしたかのように手は下ろされる。
「何をしようとしていたのかは知らないが、あれだけ娘に会いたいと言っていたのに不満そうだな」
「兄さん、あまり、サブリナを甘やかさないでくださいよ。離婚なんて恥ですよ、恥」
一般的な体型の伯父様とは違い、お父様の体格は大柄で筋骨隆々といった感じだ。
同じような体型をしている騎士隊長を見たことがあるけど、その人は爽やかに見えたのに、お父様だとむさくるしく感じてしまうのはなぜなのかしら。
表向きは護身だとか言いながら、人を殴るために格闘技を習っていたというのだから、考えが理解できない。
子供の頃の私には死なない程度に加減をしていたのだから恐ろしい。
伯父様が厳しい表情で口を開く。
「サブリナと話をするのは良いが、二人きりでは駄目だ」
「……兄さんが横にいるんですか」
「いや、ゼノンに任せるつもりだ」
伯父様がそう言うと、後ろに控えていたゼノンが笑顔で手を振る。
「久しぶりですね、クソ叔父……じゃなくて、叔父上」
「おい、聞こえたからな。まったく、兄さんはどんな躾をしてるんだか」
お父様が叔父様を睨む。
「お前に言われたくないよ。躾と言うよりも、お前の場合は虐待だからな」
「そんなことはありませんよ。サブリナだってそう思わないだろう?」
お父様は憎たらしい笑みを浮かべた。
私が頷くと思っているのね。
残念でした。
今の私はあなたのことなんて怖くない。
「……いいえ」
「え? なんだって? 聞こえない! お前はいつだって声が小さい」
「いいえと言ったんです! 前々から思っていたのですが言えなかったことを言わせていただきます。あなたは最低な父親です!」
「なんだと?」
話を遮った上に、口にした言葉が予想外だったのか、お父様は訝しげな様子で私を見つめてきた。
「子供の頃に私にしたこと忘れてませんから。捨てようとしたり、暴力をふるってましたよね」
「おい。馬鹿なことを言うな!」
お父様が声を荒らげた時、お母様が叫ぶ。
「バンディ様! やめてください!」
「うるさいな! お前は黙っていろ!」
お父様はお母様の小柄で細い体を突き飛ばすと、私のブラウスの襟首を掴む。
「誰のおかげで嫁にいけたと思っているんだ」
「最低な旦那様のところに嫁がせていただき、ありがとうございました。勉強になりました」
「クソ叔父上、立ち話もなんですから、応接にご案内しましょう」
ゼノンがお父様の腕を掴んで言うと、お父様は不満そうにしながらも私から離れて頷く。
「まったくむかつく甥っ子だ」
「ありがとうございまーす。褒め言葉入りましたぁ!」
ゼノンは馬鹿にした調子で言うと、上機嫌で歩き出す。
そんな彼を追いかけて小声で話しかける。
「助けてくれたことには感謝するけど、ちょっとやりすぎよ」
「堪えてないから大丈夫だよ。これからが楽しみだな。サブリナの予想通りに《《お願いして》》くるだろうか」
「……私はそう思うわ」
掴まれた部分を直しながら頷く。
お父様のことが怖かった分、どうすれば機嫌を損ねずに済むか知りたくて、気付かれないように観察していた時期がある。
その時にわかったのは、お父様は権力者に弱いということだ。
応接室の前に着くと、お父様はゼノンに話しかける。
「まずは家族だけで話をさせてくれ」
「第三者がいないと危険ですから無理です」
「じゃあ、ゼノンでは駄目だ。他の奴にしろ」
予想していたような反応をしてきたので、私とゼノンは顔を見合わせる。
その様子が困っているように見えたのか、お父様は笑みを隠さない。
「ゼノン、私は他の人でもかまわないわ」
「……わかった」
ゼノンは神妙な面持ちで頷くと、お父様に話しかける。
「僕や両親以外なら良いようなので、先に中で待っている人に任せることにします」
「……中で待っている?」
「ええ。叔父上が来るのを待っていた人がいるんです」
「オレを?」
「お父様、とにかく中に入りましょう」
下手に怪しまれても困るので、強引にお父様を部屋の中に入れた。
お母様は何も言わずに無言で一緒に入ってくる。
談話室には、木のローテーブルとワインレッド色の三人用が二つ、真正面に一人用のソファが一つだけある。
待っているはずの人物は窓際にいて、私達に背を向けていた。
わざとそこに立っているのね。
こんなことを言うのもなんだけど、ゼノンと仲が良い理由がわかるわ。
「気にせずに話をしてくれ」
窓際に立っている人物は裏声で言うだけで、こちらを振り向こうとはしない。
余計に気になるけど、ここは私が何とかすれば良いわよね。
そう思った時、お父様が私の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「この生意気な女め! 勝手に離婚なんてしやがって! クズは大人しくあの腐った家にいればいいんだよ!」
「嫌です! 何があってもオルドリン伯爵家には戻りませんし、実家にも戻りません!」
「お前が嫁げたのは誰のおかげだと思ってるんだ!」
「サブリナ、お父様の言うことをきかないと駄目よ」
小柄で猫背のお母様は体を震わせて続ける。
「お父様はいつだって、サブリナの幸せを考えてるんだからっ! あなたはお父様の言うことを聞いていれば幸せになれるの!」
「私の幸せ? そうじゃないでしょう。私の幸せはあなた達やオリンドル伯爵家と二度と関わらないことです」
「まったく、生意気な口を! 殴られないとわからないようだなぁ!」
「それはこっちのセリフだ。馬鹿者が」
「……は?」
お父様は振り上げた腕をおろして、言葉を発した人物に罵声を浴びせる。
「なんだ、文句があんのか、この野郎!」
「ある」
彼はこちらに振り返って続ける。
「俺に喧嘩を売るとは良い度胸だ」
「な、な、な!」
相手がリファルド様だとわかった瞬間、お父様の顔色が一気に悪くなった。
伯父様達と一緒にエントランスホールで出迎えた私に、お父様は無言で近寄ってくると、私に向かって手を伸ばしてきた。
でも、隣にいた伯父様が睨みをきかしてくれたので、行き場をなくしたかのように手は下ろされる。
「何をしようとしていたのかは知らないが、あれだけ娘に会いたいと言っていたのに不満そうだな」
「兄さん、あまり、サブリナを甘やかさないでくださいよ。離婚なんて恥ですよ、恥」
一般的な体型の伯父様とは違い、お父様の体格は大柄で筋骨隆々といった感じだ。
同じような体型をしている騎士隊長を見たことがあるけど、その人は爽やかに見えたのに、お父様だとむさくるしく感じてしまうのはなぜなのかしら。
表向きは護身だとか言いながら、人を殴るために格闘技を習っていたというのだから、考えが理解できない。
子供の頃の私には死なない程度に加減をしていたのだから恐ろしい。
伯父様が厳しい表情で口を開く。
「サブリナと話をするのは良いが、二人きりでは駄目だ」
「……兄さんが横にいるんですか」
「いや、ゼノンに任せるつもりだ」
伯父様がそう言うと、後ろに控えていたゼノンが笑顔で手を振る。
「久しぶりですね、クソ叔父……じゃなくて、叔父上」
「おい、聞こえたからな。まったく、兄さんはどんな躾をしてるんだか」
お父様が叔父様を睨む。
「お前に言われたくないよ。躾と言うよりも、お前の場合は虐待だからな」
「そんなことはありませんよ。サブリナだってそう思わないだろう?」
お父様は憎たらしい笑みを浮かべた。
私が頷くと思っているのね。
残念でした。
今の私はあなたのことなんて怖くない。
「……いいえ」
「え? なんだって? 聞こえない! お前はいつだって声が小さい」
「いいえと言ったんです! 前々から思っていたのですが言えなかったことを言わせていただきます。あなたは最低な父親です!」
「なんだと?」
話を遮った上に、口にした言葉が予想外だったのか、お父様は訝しげな様子で私を見つめてきた。
「子供の頃に私にしたこと忘れてませんから。捨てようとしたり、暴力をふるってましたよね」
「おい。馬鹿なことを言うな!」
お父様が声を荒らげた時、お母様が叫ぶ。
「バンディ様! やめてください!」
「うるさいな! お前は黙っていろ!」
お父様はお母様の小柄で細い体を突き飛ばすと、私のブラウスの襟首を掴む。
「誰のおかげで嫁にいけたと思っているんだ」
「最低な旦那様のところに嫁がせていただき、ありがとうございました。勉強になりました」
「クソ叔父上、立ち話もなんですから、応接にご案内しましょう」
ゼノンがお父様の腕を掴んで言うと、お父様は不満そうにしながらも私から離れて頷く。
「まったくむかつく甥っ子だ」
「ありがとうございまーす。褒め言葉入りましたぁ!」
ゼノンは馬鹿にした調子で言うと、上機嫌で歩き出す。
そんな彼を追いかけて小声で話しかける。
「助けてくれたことには感謝するけど、ちょっとやりすぎよ」
「堪えてないから大丈夫だよ。これからが楽しみだな。サブリナの予想通りに《《お願いして》》くるだろうか」
「……私はそう思うわ」
掴まれた部分を直しながら頷く。
お父様のことが怖かった分、どうすれば機嫌を損ねずに済むか知りたくて、気付かれないように観察していた時期がある。
その時にわかったのは、お父様は権力者に弱いということだ。
応接室の前に着くと、お父様はゼノンに話しかける。
「まずは家族だけで話をさせてくれ」
「第三者がいないと危険ですから無理です」
「じゃあ、ゼノンでは駄目だ。他の奴にしろ」
予想していたような反応をしてきたので、私とゼノンは顔を見合わせる。
その様子が困っているように見えたのか、お父様は笑みを隠さない。
「ゼノン、私は他の人でもかまわないわ」
「……わかった」
ゼノンは神妙な面持ちで頷くと、お父様に話しかける。
「僕や両親以外なら良いようなので、先に中で待っている人に任せることにします」
「……中で待っている?」
「ええ。叔父上が来るのを待っていた人がいるんです」
「オレを?」
「お父様、とにかく中に入りましょう」
下手に怪しまれても困るので、強引にお父様を部屋の中に入れた。
お母様は何も言わずに無言で一緒に入ってくる。
談話室には、木のローテーブルとワインレッド色の三人用が二つ、真正面に一人用のソファが一つだけある。
待っているはずの人物は窓際にいて、私達に背を向けていた。
わざとそこに立っているのね。
こんなことを言うのもなんだけど、ゼノンと仲が良い理由がわかるわ。
「気にせずに話をしてくれ」
窓際に立っている人物は裏声で言うだけで、こちらを振り向こうとはしない。
余計に気になるけど、ここは私が何とかすれば良いわよね。
そう思った時、お父様が私の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「この生意気な女め! 勝手に離婚なんてしやがって! クズは大人しくあの腐った家にいればいいんだよ!」
「嫌です! 何があってもオルドリン伯爵家には戻りませんし、実家にも戻りません!」
「お前が嫁げたのは誰のおかげだと思ってるんだ!」
「サブリナ、お父様の言うことをきかないと駄目よ」
小柄で猫背のお母様は体を震わせて続ける。
「お父様はいつだって、サブリナの幸せを考えてるんだからっ! あなたはお父様の言うことを聞いていれば幸せになれるの!」
「私の幸せ? そうじゃないでしょう。私の幸せはあなた達やオリンドル伯爵家と二度と関わらないことです」
「まったく、生意気な口を! 殴られないとわからないようだなぁ!」
「それはこっちのセリフだ。馬鹿者が」
「……は?」
お父様は振り上げた腕をおろして、言葉を発した人物に罵声を浴びせる。
「なんだ、文句があんのか、この野郎!」
「ある」
彼はこちらに振り返って続ける。
「俺に喧嘩を売るとは良い度胸だ」
「な、な、な!」
相手がリファルド様だとわかった瞬間、お父様の顔色が一気に悪くなった。