【書籍化】私の人生は私のものです
15 幸せだと思えること ④
お父様は今は田舎に住む子爵だが、元々は伯爵令息だ。
だから、公爵令息の顔を知らないはずがない。
後ろ姿だけで気がつかなかったのは、親しい間柄ではないからだろう。
お父様は私から距離を取って、部屋の奥にいるリファルド様に話しかける。
「ワイズ公爵令息がどうしてここにいるんですか!?」
「ゼノンから胸糞な気持ちになる人物がいると聞いて、どんなものか見に来た」
「ゼ、ゼノンから……? そんな! ゼノンと仲が良いことは存じ上げていましたが、今までは私に興味などなかったではないですか!」
「興味などあるわけないだろう。ゼノンは今までお前のことなど話題にしなかったからな」
「なら、どうして!?」
「知らないのか?」
リファルド様は嘲笑とも取れる笑みを浮かべた。
「知らないとはどういうことでしょうか」
お父様は理由がわからないようなので、私が教えてあげる。
「お父様、アキーム様と浮気していたのは、どなたかご存知ないのですか」
「あっ!」
お父様は焦った顔になると、リファルド様には聞こえないように呟く。
「クソ。どうして、よりにもよって公爵家の婚約者なんかに手を出すんだ、あいつは!」
「何か言ったか?」
リファルド様が尋ねると、お父様は「なんでもありません」と首を横に振った。
なんでもないことはないので、私が代わりに答える。
「よりにもよって公爵家の婚約者なんかに手を出すんだ、あいつは、と言ってました」
「おい! サブリナ!」
「触るな!」
リファルド様が一喝すると、お父様は私に向かって伸ばしていた手を引っ込めた。
応接室の入り口付近に立っている、私達に近寄りながら、リファルド様がお父様に尋ねる。
「何をしようとした」
「な、何を……って、その、娘が余計なことを言うものですから」
「言うものですからの続きはなんだ」
「も、申し訳ございませんでした」
お父様は謝ったあと手をすり合わせながら、リファルド様を見つめる。
「ワイズ公爵令息には大変申し訳ございませんが、家族だけで話をしたいんです。部屋から出ていってもらっても良いでしょうか」
「断る」
「こ、断ると言われましても、ここは私の実家です。いくら公爵令息といえども好き勝手に行動できるものではありません」
「実家だからって好き勝手しても良いわけではないだろう。俺はここの主人から許可を得てるんだ。お前に文句を言われる筋合いはない」
「それはそうかもしれませんが、そこを何とかお願いできませんか」
お父様は両手を合わせて頼み込む。
「しつこいな。断ると言っただろう。長い言葉じゃないんだ。すぐに理解してくれ」
「どうかお願いします。家族だけで話をさせてください」
「お願いいたします」
お父様はカーペットに額をつけて懇願し、お母様も同じようにしゃがんで頭を下げる。
お父様はこうやって低姿勢になって、酷いことをするような人間には思えないと、相手に思わせようとする。
でも、私や弱いものの前では偉そうにするのだ。
このことは、リファルド様に伝えているし、そんな演技に騙される人でもなかった。
「断ると言っているだろ。どうしてそんなに嫌がるんだ」
「プライベートな話だからです!」
「俺が他言するとでも思うのか?」
「そういうわけではございません! ただ、娘が可哀想かと思いまして」
「公爵令息の望みを娘のために断ると言うんだな。まあ、いいだろう」
リファルド様は頷くと、私に尋ねる。
「では、本人に聞こう。サブリナ、君は俺に話を聞かれたくないか」
「いいえ。その逆です。一緒に聞いていただきたいです」
「サブリナ、お前!」
床に膝をつけたまま、お父様が私を睨みつけてきた。
あの目をしたお父様に、何度か殴られたことがあるし、罵声を浴びせられたことは数え切れない。
その恐怖を思い出して、一瞬、怯みそうになった。
でも、お父様よりも強い視線を感じて横を見た。
そうだわ。
力では敵わない。
だから、殺されてしまうのではないかと思って、今までは怖くてしょうがなかった。
今の私にはリファルド様が付いている。
ゼノンじゃないけど、リファルド様の権力を貸してもらうわ。
大きく息を吸ってから、お父様に話しかける。
「リファルド様に聞かれたくないことを言うつもりなんですか」
「そ、そういうわけじゃない! ただ、再婚の話はお前にとっては恥だろうから!」
「今のところ、再婚の予定はありませんので、ご心配なく。そんな気もありません」
冷たく言うと、お父様は悔しそうな顔をした。
私に反抗されるだなんて夢にも思っていなかったんでしょう。
「別れたばかりの娘に、もう再婚相手を考えてるのか。でも、もう話をしなくても良くなったな。彼女にその気はないんだから」
「今回の離婚はオルドリン伯爵の浮気です! ですが、彼はとても反省しています! 許してあげるべきではないでしょうか!」
「お父様、その理屈ですと、何をやっても反省すれば良いになりませんか」
「俺もそう感じた。浮気は罪が軽いとでも言いたいのか」
私とリファルド様が反論すると、お父様は立ち上がって訴える。
「貴族の多くの男性は浮気をしています!」
「ふざけるな。お前の周りに多いだけで、してない奴のほうが多いに決まっているだろ。現に俺だってしてない。お前は浮気してない奴が悪だとでも言いたいのか」
「そ、そういうわけではありません! ですが、その、珍しいことではないですから!」
……というか、その言い方だと、もしかして。
「お父様、もしかして、あなたも浮気しているんですか」
まさか、義母だったエレファーナ様と浮気しているとかじゃないわよね!?
だから、公爵令息の顔を知らないはずがない。
後ろ姿だけで気がつかなかったのは、親しい間柄ではないからだろう。
お父様は私から距離を取って、部屋の奥にいるリファルド様に話しかける。
「ワイズ公爵令息がどうしてここにいるんですか!?」
「ゼノンから胸糞な気持ちになる人物がいると聞いて、どんなものか見に来た」
「ゼ、ゼノンから……? そんな! ゼノンと仲が良いことは存じ上げていましたが、今までは私に興味などなかったではないですか!」
「興味などあるわけないだろう。ゼノンは今までお前のことなど話題にしなかったからな」
「なら、どうして!?」
「知らないのか?」
リファルド様は嘲笑とも取れる笑みを浮かべた。
「知らないとはどういうことでしょうか」
お父様は理由がわからないようなので、私が教えてあげる。
「お父様、アキーム様と浮気していたのは、どなたかご存知ないのですか」
「あっ!」
お父様は焦った顔になると、リファルド様には聞こえないように呟く。
「クソ。どうして、よりにもよって公爵家の婚約者なんかに手を出すんだ、あいつは!」
「何か言ったか?」
リファルド様が尋ねると、お父様は「なんでもありません」と首を横に振った。
なんでもないことはないので、私が代わりに答える。
「よりにもよって公爵家の婚約者なんかに手を出すんだ、あいつは、と言ってました」
「おい! サブリナ!」
「触るな!」
リファルド様が一喝すると、お父様は私に向かって伸ばしていた手を引っ込めた。
応接室の入り口付近に立っている、私達に近寄りながら、リファルド様がお父様に尋ねる。
「何をしようとした」
「な、何を……って、その、娘が余計なことを言うものですから」
「言うものですからの続きはなんだ」
「も、申し訳ございませんでした」
お父様は謝ったあと手をすり合わせながら、リファルド様を見つめる。
「ワイズ公爵令息には大変申し訳ございませんが、家族だけで話をしたいんです。部屋から出ていってもらっても良いでしょうか」
「断る」
「こ、断ると言われましても、ここは私の実家です。いくら公爵令息といえども好き勝手に行動できるものではありません」
「実家だからって好き勝手しても良いわけではないだろう。俺はここの主人から許可を得てるんだ。お前に文句を言われる筋合いはない」
「それはそうかもしれませんが、そこを何とかお願いできませんか」
お父様は両手を合わせて頼み込む。
「しつこいな。断ると言っただろう。長い言葉じゃないんだ。すぐに理解してくれ」
「どうかお願いします。家族だけで話をさせてください」
「お願いいたします」
お父様はカーペットに額をつけて懇願し、お母様も同じようにしゃがんで頭を下げる。
お父様はこうやって低姿勢になって、酷いことをするような人間には思えないと、相手に思わせようとする。
でも、私や弱いものの前では偉そうにするのだ。
このことは、リファルド様に伝えているし、そんな演技に騙される人でもなかった。
「断ると言っているだろ。どうしてそんなに嫌がるんだ」
「プライベートな話だからです!」
「俺が他言するとでも思うのか?」
「そういうわけではございません! ただ、娘が可哀想かと思いまして」
「公爵令息の望みを娘のために断ると言うんだな。まあ、いいだろう」
リファルド様は頷くと、私に尋ねる。
「では、本人に聞こう。サブリナ、君は俺に話を聞かれたくないか」
「いいえ。その逆です。一緒に聞いていただきたいです」
「サブリナ、お前!」
床に膝をつけたまま、お父様が私を睨みつけてきた。
あの目をしたお父様に、何度か殴られたことがあるし、罵声を浴びせられたことは数え切れない。
その恐怖を思い出して、一瞬、怯みそうになった。
でも、お父様よりも強い視線を感じて横を見た。
そうだわ。
力では敵わない。
だから、殺されてしまうのではないかと思って、今までは怖くてしょうがなかった。
今の私にはリファルド様が付いている。
ゼノンじゃないけど、リファルド様の権力を貸してもらうわ。
大きく息を吸ってから、お父様に話しかける。
「リファルド様に聞かれたくないことを言うつもりなんですか」
「そ、そういうわけじゃない! ただ、再婚の話はお前にとっては恥だろうから!」
「今のところ、再婚の予定はありませんので、ご心配なく。そんな気もありません」
冷たく言うと、お父様は悔しそうな顔をした。
私に反抗されるだなんて夢にも思っていなかったんでしょう。
「別れたばかりの娘に、もう再婚相手を考えてるのか。でも、もう話をしなくても良くなったな。彼女にその気はないんだから」
「今回の離婚はオルドリン伯爵の浮気です! ですが、彼はとても反省しています! 許してあげるべきではないでしょうか!」
「お父様、その理屈ですと、何をやっても反省すれば良いになりませんか」
「俺もそう感じた。浮気は罪が軽いとでも言いたいのか」
私とリファルド様が反論すると、お父様は立ち上がって訴える。
「貴族の多くの男性は浮気をしています!」
「ふざけるな。お前の周りに多いだけで、してない奴のほうが多いに決まっているだろ。現に俺だってしてない。お前は浮気してない奴が悪だとでも言いたいのか」
「そ、そういうわけではありません! ですが、その、珍しいことではないですから!」
……というか、その言い方だと、もしかして。
「お父様、もしかして、あなたも浮気しているんですか」
まさか、義母だったエレファーナ様と浮気しているとかじゃないわよね!?