【書籍化】私の人生は私のものです
16 幸せだと思えること ⑤
動揺する素振りを見せたお父様は、すぐに平静を装う。
「そんなわけがないだろう! オレは浮気なんてしてない! サブリナ! 今日のお前はどうかしているぞ! 浮気されたショックでおかしくなったんじゃないのか!?」
「おかしいのはお父様のほうです! お父様の場合は今日だけじゃなく昔からですけど!」
「サブリナちゃん! お父様になんてことを言うの!」
お母様は甲高い声を上げて立ち上がると、私の頬に向かって手を振り上げた。
叩かれるという恐怖で身がすくんだ時、腕をリファルド様に引っ張られた。
「きゃっ!」
私が横に避けたから、お母様は勢い余って前のめりになって床に体を打ち付ける。
「悪い男に盲目になっているところは、昔の君と同じじゃないか」
ふうと息を吐くリファルド様に慌てて謝る。
「申し訳ございません!」
「謝らなくても良い。君のせいじゃないだろう。それに、君はちゃんと目を覚ましている」
「あの、では、助けていただき、ありがとうございました」
「気にするな」
頷いたあと、リファルド様は倒れているお母様を見下ろして尋ねる。
「娘が実の父親をおかしいと言うのは良いことではない。だから、叱ろうとしたという行動は理解できる。だが、どうして頬を叩く必要がある? 暴力をふるわなくても、サブリナはあなたの話を聞くことができるだろうに」
「も、申し訳ございません!」
ガタガタと震えながら、お母様は床に額をつけて謝罪する。
「申し訳ございません、申し訳ございません!」
「わかったから何度も謝罪するな。それに謝るならサブリナに謝れ」
「あ、あの、お願いです! サブリナを再婚させてやってください!」
お母様までわけのわからないことを言い出した。
お母様はお父様のどこが良くて結婚したんだろう。
「何を言っているのかわからん。俺は再婚を反対するとは一言も言っていないだろう。大体、再婚するかどうかはサブリナが決めることだ」
リファルド様は呆れた顔をしたまま、私に目を向ける。
「どうでも良いことだが、ちゃん付けされてるのか」
「やめてほしいとお願いしましたが、呼び捨てにできないんだそうです」
「意味がわからん」
「それは私も同意見です。人前では絶対に呼ばないでほしいとお願いしていたんですが無理でしたね」
「ちゃんを付けることが愛称ならまだしも、そうじゃなさそうだしな」
貴族の間では、このような呼び方をすると子供扱いされているということで馬鹿にされてしまう。
だから、家庭内で呼ぶことはあっても、他人の前で口にすることはない。
でも、お母様はそんなことは気にしていなかった。
それで私が馬鹿にされても、お母様は痛みを感じることなどなかったからだ。
「サブリナ!」
二人を無視して話をしていたからか、お父様は私を指差して叫ぶ。
「今日はここで泊まることにしている! だから、あとで改めて話をするからな!」
「わかった」
リファルド様が返事をしたので、お父様は焦った顔をする。
「あの、ワイズ公爵令息に言ったわけでは」
「しばらく、ここで仕事をすることになったんだ。だから、いくらでも話を聞いてやれるぞ」
「ど、どうして、そんな」
リファルド様に笑顔で言われた、お父様の間抜けな顔を見て笑い出しそうになった。
「それから、次にサブリナに手を出したら、俺に手を出したとみなす。暴言も同じだ」
「……え、あ、どうして、どうしてそうなるのですか! 大体、あなたにそんな権利はあるんですか!?」
「俺はまだ公爵ではないが、次期、公爵だと決まっている。それでも気に食わないなら、父に話をして、お前に対する処理は俺に一任させてもらうことにする」
リファルド様は、お母様や私にはお前という言い方はしないのに、お父様には言うのね。
ゼノンのことをそう呼ぶのは親しいからだと思うけど、お父様に対しては明らかに馬鹿にしているといった感じだわ。
しかも、処理と言っていたしね。
お母様は立ち上がると、私に涙目で訴える。
「サブリナちゃん。あなたが幸せになるにはお父様の言うことに従わなければ駄目なの」
「従ったら不幸になりましたが?」
「違うわ。離婚せずに一緒に暮らし続ければ、いつかは幸せになれていたのよ」
「そうとは思えません」
「……ああ、もううるさい! 二人共やめろ! 今日はもういい! また、改めて来ることにするから帰るぞ!」
お父様が促すと、お母様は身を縮こまらせて頷いた。
「次があれば良いな」
リファルド様が笑顔で手を振ると、両親はびくりと身体を震わせて足を止めた。
「どうした。帰らないのか」
「……ええ、ああ、はい。帰ります」
大きい体を縮こまらせて、お父様は逃げるように部屋を出ていく。
お母様も一緒に出ていこうとしたけど、振り返って話しかけてきた。
「サブリナちゃん。あなたの幸せはアキーム様と一緒にいることだからね。昔のあなたもそう言っていたわ。そのことを思い出して。それにアキーム様も幸せに思える瞬間は家に帰った時にあなたが出迎えてくれることだと言っていたわ」
アキーム様のことはもうどうでもいいわ。
「昔の私と今の私は違うんです。私の幸せをお母様が勝手に決めないでください。私はお母様のようになりたくないんです」
「……わたしは幸せなのよ。あなたにはがっかりだわ」
お母様は私にそう言うと、リファルド様には一礼して部屋を出ていった。
「君は悪い人間を引き寄せる力でもあるのかもな。非常に興味深い」
「……うう。そんな嫌なことを言わないでくださいませ。好きで引き寄せているわけではないんです。しかも、相手は両親ですよ」
「両親の話は別として、元夫やその家族などのことを言っている。まあ、それだけ心が綺麗なんだろう。あの親と一緒に暮らして、よく悪の道に染まらずに済んだな」
「お母様に似て臆病なだけだと思います」
「でも、君は踏み出すことができただろう。君の母は夫が正義だと思い込んでいるようだし、重ねた年月を考えると、目を覚ますのは難しいだろうな」
「もしかしたら、きっかけは私と同じように騙されたのかもしれません」
私にとってアキーム様がヒーローだったように、お母様にとって、お父様はヒーローなんでしょうね。
「君は両親が好きか」
「……こんなことは言いたくないですが、いいえ、です」
「ならいい。さて、まずは君の両親に今回のお礼をせねばならないな」
お礼って、絶対に嫌な意味のほうよね。
笑顔のリファルド様を見て、敵にまわしたくないなとつくづく思った。
でも、今の私が過去よりも幸せだと思うことは間違いないと思った。
「そんなわけがないだろう! オレは浮気なんてしてない! サブリナ! 今日のお前はどうかしているぞ! 浮気されたショックでおかしくなったんじゃないのか!?」
「おかしいのはお父様のほうです! お父様の場合は今日だけじゃなく昔からですけど!」
「サブリナちゃん! お父様になんてことを言うの!」
お母様は甲高い声を上げて立ち上がると、私の頬に向かって手を振り上げた。
叩かれるという恐怖で身がすくんだ時、腕をリファルド様に引っ張られた。
「きゃっ!」
私が横に避けたから、お母様は勢い余って前のめりになって床に体を打ち付ける。
「悪い男に盲目になっているところは、昔の君と同じじゃないか」
ふうと息を吐くリファルド様に慌てて謝る。
「申し訳ございません!」
「謝らなくても良い。君のせいじゃないだろう。それに、君はちゃんと目を覚ましている」
「あの、では、助けていただき、ありがとうございました」
「気にするな」
頷いたあと、リファルド様は倒れているお母様を見下ろして尋ねる。
「娘が実の父親をおかしいと言うのは良いことではない。だから、叱ろうとしたという行動は理解できる。だが、どうして頬を叩く必要がある? 暴力をふるわなくても、サブリナはあなたの話を聞くことができるだろうに」
「も、申し訳ございません!」
ガタガタと震えながら、お母様は床に額をつけて謝罪する。
「申し訳ございません、申し訳ございません!」
「わかったから何度も謝罪するな。それに謝るならサブリナに謝れ」
「あ、あの、お願いです! サブリナを再婚させてやってください!」
お母様までわけのわからないことを言い出した。
お母様はお父様のどこが良くて結婚したんだろう。
「何を言っているのかわからん。俺は再婚を反対するとは一言も言っていないだろう。大体、再婚するかどうかはサブリナが決めることだ」
リファルド様は呆れた顔をしたまま、私に目を向ける。
「どうでも良いことだが、ちゃん付けされてるのか」
「やめてほしいとお願いしましたが、呼び捨てにできないんだそうです」
「意味がわからん」
「それは私も同意見です。人前では絶対に呼ばないでほしいとお願いしていたんですが無理でしたね」
「ちゃんを付けることが愛称ならまだしも、そうじゃなさそうだしな」
貴族の間では、このような呼び方をすると子供扱いされているということで馬鹿にされてしまう。
だから、家庭内で呼ぶことはあっても、他人の前で口にすることはない。
でも、お母様はそんなことは気にしていなかった。
それで私が馬鹿にされても、お母様は痛みを感じることなどなかったからだ。
「サブリナ!」
二人を無視して話をしていたからか、お父様は私を指差して叫ぶ。
「今日はここで泊まることにしている! だから、あとで改めて話をするからな!」
「わかった」
リファルド様が返事をしたので、お父様は焦った顔をする。
「あの、ワイズ公爵令息に言ったわけでは」
「しばらく、ここで仕事をすることになったんだ。だから、いくらでも話を聞いてやれるぞ」
「ど、どうして、そんな」
リファルド様に笑顔で言われた、お父様の間抜けな顔を見て笑い出しそうになった。
「それから、次にサブリナに手を出したら、俺に手を出したとみなす。暴言も同じだ」
「……え、あ、どうして、どうしてそうなるのですか! 大体、あなたにそんな権利はあるんですか!?」
「俺はまだ公爵ではないが、次期、公爵だと決まっている。それでも気に食わないなら、父に話をして、お前に対する処理は俺に一任させてもらうことにする」
リファルド様は、お母様や私にはお前という言い方はしないのに、お父様には言うのね。
ゼノンのことをそう呼ぶのは親しいからだと思うけど、お父様に対しては明らかに馬鹿にしているといった感じだわ。
しかも、処理と言っていたしね。
お母様は立ち上がると、私に涙目で訴える。
「サブリナちゃん。あなたが幸せになるにはお父様の言うことに従わなければ駄目なの」
「従ったら不幸になりましたが?」
「違うわ。離婚せずに一緒に暮らし続ければ、いつかは幸せになれていたのよ」
「そうとは思えません」
「……ああ、もううるさい! 二人共やめろ! 今日はもういい! また、改めて来ることにするから帰るぞ!」
お父様が促すと、お母様は身を縮こまらせて頷いた。
「次があれば良いな」
リファルド様が笑顔で手を振ると、両親はびくりと身体を震わせて足を止めた。
「どうした。帰らないのか」
「……ええ、ああ、はい。帰ります」
大きい体を縮こまらせて、お父様は逃げるように部屋を出ていく。
お母様も一緒に出ていこうとしたけど、振り返って話しかけてきた。
「サブリナちゃん。あなたの幸せはアキーム様と一緒にいることだからね。昔のあなたもそう言っていたわ。そのことを思い出して。それにアキーム様も幸せに思える瞬間は家に帰った時にあなたが出迎えてくれることだと言っていたわ」
アキーム様のことはもうどうでもいいわ。
「昔の私と今の私は違うんです。私の幸せをお母様が勝手に決めないでください。私はお母様のようになりたくないんです」
「……わたしは幸せなのよ。あなたにはがっかりだわ」
お母様は私にそう言うと、リファルド様には一礼して部屋を出ていった。
「君は悪い人間を引き寄せる力でもあるのかもな。非常に興味深い」
「……うう。そんな嫌なことを言わないでくださいませ。好きで引き寄せているわけではないんです。しかも、相手は両親ですよ」
「両親の話は別として、元夫やその家族などのことを言っている。まあ、それだけ心が綺麗なんだろう。あの親と一緒に暮らして、よく悪の道に染まらずに済んだな」
「お母様に似て臆病なだけだと思います」
「でも、君は踏み出すことができただろう。君の母は夫が正義だと思い込んでいるようだし、重ねた年月を考えると、目を覚ますのは難しいだろうな」
「もしかしたら、きっかけは私と同じように騙されたのかもしれません」
私にとってアキーム様がヒーローだったように、お母様にとって、お父様はヒーローなんでしょうね。
「君は両親が好きか」
「……こんなことは言いたくないですが、いいえ、です」
「ならいい。さて、まずは君の両親に今回のお礼をせねばならないな」
お礼って、絶対に嫌な意味のほうよね。
笑顔のリファルド様を見て、敵にまわしたくないなとつくづく思った。
でも、今の私が過去よりも幸せだと思うことは間違いないと思った。