【書籍化】私の人生は私のものです

19  自分勝手な主張 ③

 呆れて何も言えなくなってしまったけれど、すぐに我に返って言い返す。

「大袈裟なんかじゃありません! 私にとって今のあなたは迷惑な人でしかないんです!」
「迷惑って! 僕は元夫なんだぞ!?」
「何をするかわからないと脅すような人が、元夫だと偉そうに言わないでください」
「お、脅しなんかじゃない!」
「では、何なのです?」

 睨みつけながら尋ねると、アキーム様は自分の胸に手を当てて訴える。

「君と再婚できなければ僕は自分を傷つけるかもしれない」
「……そんなことを言われても困ります。傷つけないようにしてください」
「そうするには君が戻って来るしかないんだ!」
「絶対に嫌です!」
「口を挟んでも良いか」
「ど、どうぞ」

 リファルド様が挙手して尋ねたので、アキーム様が頷いた。

「感謝する」

 リファルド様は微笑んで礼を言ってから続ける。

「では、オルドリン伯爵が自分自身を傷つけなくて済むように、俺が動けなくさせてやろうか」
「や、やめてください!」
「遠慮するな。ちょうど、戦地に赴かなければならなくなって、剣を新調したんだ。試し斬りにちょうどいいよな」
「ひっ!」

 アキーム様は悲鳴をあげると、私に向かって叫ぶ。

「きょ、今日は帰ることにするよ。また来るから待っていてくれ」
「俺はそんなに長くここにはいないんだが」
「違います! サブリナに言ったんです!」

 リファルド様が反応すると、アキーム様は情けない顔でそう叫び、転びそうになりながら屋敷内から出て行った。

「……本気じゃないですよね」
「何がだ?」
「試し斬りの件です」
「本気ではなかったが、試し斬りしたいのは本音だ。だが、人を斬って良いものではないからな」
「世間が許さないと思います」
「そうだな。向こうが脅してきたんで、同じように脅しただけだ」
「勉強になります」
「俺を手本にするなよ」

 リファルド様が少し焦った顔になったので、こんな表情もするのだなと微笑ましく思った。

「良いところだけ真似しようと思います」
「良いところというのが、どんなものかわからないだけに不安だな」
「リファルド様には本当に感謝しています。……ところで、戦地に向かわれるのですか」
「ああ。父上がご立腹でな」
「……どういうことでしょう」
「婚約者に浮気されるとはどういうことかと言われたんだ。まあ、言われてもしょうがないがな」
「それを言われると、私もですね。その、行かれるのは危険な場所なんですか?」
「まあな。でも、戦いに行くわけじゃないから何とかなるだろう」

 私達が住んでいる国は、どこの国とも戦争をしていない。
 だから、仲介役として行くのだと思う。
 でも、安心はできない。

「差し支えなければ、どこの国に行かれるの聞いても良いですか」
「ああ。ロシノアール王国を拠点として動く。戦地は別だがな」
「ロシノアール王国と言いますと、私が行く土地ですわね」
「ああ。就職先はちゃんとしているから安心しろ」
「信用しています」
「そこの公爵家で俺は世話になる予定だ。ちなみに君の同僚になる人は公爵令息の婚約者だ」
「ど、同僚は公爵家の婚約者の方になるんですか?」

 ゼノンだけじゃなく、リファルド様も近くにいてくれるのは嬉しい。
 でも、公爵家の婚約者と同じ仕事が私にできるか心配になった。

「本当に私にできる仕事なんですよね!?」
「もちろんだ。簡単な仕事だが、人を選ぶだけだからな」
「……それなら良いのですが」
「いつまでもオルドリン伯爵の影に怯えるのが嫌なら、他国で頑張ったほうが良い」
「わかっています。怯えているわけではありませんが、少しでも離れたいのは確かですから」
「……家族のこともあるしな」
「はい」

 もう、ここに用事もないので移動しようとした時、扉が開かれた。

 開けたのはトノアーニ様で中には入ってこないが、私と目が合うと睨みつけてきた。

「アキームの何がいけないって言うの!? あんなに素敵なのだから浮気してもおかしくないわ! それにあなたが原因なんじゃないの!」

 トノアーニ様はよっぽど腹を立てているのか、リファルド様のことなど気にせずに叫んだ。

「私が原因というのはどういことですか?」
「アキームがあなたに手を出したいと思うような色気がないから悪いのよ! あなたがアキームを満足させられるような女だったら良かっただけじゃないの! それなのにどうして、浮気したほうだけが悪くなるのよ! 浮気させた人間の責任だってあるでしょう!」
「……えっと、トノアーニ様」

 言っている内容については、私のことはまだ良いとして、その言い方だと……。

「何よ!?」
「浮気された側が悪いというのなら、あなたは俺への批判もしているということだな」
「えっ!」

 トノアーニ様はリファルド様も浮気された側であることを思い出したのか「し、失礼いたします」と言って、何事もなかったかのように、そっと扉を閉めた。

 それで終われるわけないでしょう!

「トノアーニ様!」

 私が名を呼ぶと同時に、リファルド様が歩きだして扉を開けた。

「待て。俺が納得できるまで説明しろ。納得いく説明ができないどころか、逃げるのなら拘束するぞ」
「ひっ!」

 私にはリファルド様の体でトノアーニ様は見えない。だから、トノアーニ様の悲鳴が聞こえてきた時には驚いた。

 何があったのか確認しようとすると、リファルド様が振り返る。

「サブリナ、俺は彼女と話をしているから君は戻っていろ」
「いえ、私も話を聞きます」
「心配するな。暴力はふるわない。俺は公爵令息だ。暴力をふるえば、たとえ向こうが悪くても後々、問題になることは承知している。それにどんな理由があっても暴力は駄目だ。正当防衛なら別だがな」
「それは信じています。ですが、先程も言いましたが」
「君の問題でもあるからだな」
「はい」
 
 どんな理由があろうとも、先に手を出したほうが悪くなる。
 それはこの国では当たり前の話だ。

 私のせいでリファルド様の名に傷をつけたくなかった。
 だから、暴力は駄目だと言ったのだ。

 それをリファルド様はちゃんとわかってくれていた。

 私も一緒にトノアーニ様の話を聞くことになり、アキーム様はトノアーニ様を置いて無理やり帰らせた。

 そして、トノアーニ様はリファルド様の護衛騎士に捕まえられ、応接室へと連れて行かれたのだった。


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