【書籍化】私の人生は私のものです

30  私の人生は私のものです ④

「一体、それは何なの?」

 エレファーナ様はティアトレイのことを知らないようで、訝しげな顔をした。

「ちゃんとした商品名はありますが、シルバートレイです」
「どうして、そんなものをレストランで注文するのよ」

 エレファーナ様は去っていくウエイター、ではなく、ゼノンを呼び止める。

「ちょっとあなた! 一体、何を考えているの!」
「申し訳ございません。わたくしはオーダーされたものを持ってきただけでございます」

 ご丁寧に裏声まで使っているから、かなり楽しんでいるように見える。
 
 ゼノンが来るなんて聞いていなかった。
 きっと、リファルド様が今日のことをゼノンに話をして、私に内緒で計画を進めたんでしょう。
 
 私が呆れた顔をすると、ゼノンは微かに微笑み、この場を離れる。

 眉毛の書き方を変えるだけで、本当にイメージが違うわ。

「信じられない! 何なのよ、一体! 無礼だわ!」

 エレファーナ様は怒り狂っているけど、アキーム様は違った。

「もしかして、家に帰ってきてメイドをするつもりなのか?」
「どうしたら、そんな前向きな気持ちになれるのか知りたいです」
「前向きとかそういうものじゃない。本当のことを言ってるんだよ」

 ここまでポジティブだと、生きていくことに疲れることなんてないんでしょうね。
 生きづらい世の中だと思っている私には、少しだけ羨ましい。
 かといって、アキーム様のようになりたいと思うことは絶対にない。

 繊細すぎても生きていくことは辛い。
 だけど、人の気持ちに無神経になれば、知らない内に多くの人から嫌われることになる。

 アキーム様はやっと、自分がそういう状態になっていることに気がついたんだろう。
 問題は、自分に原因があることに気づいていないことだ。

 駄目元で伝えてみることにする。

「これはメイドが使う普通のシルバートレイとは違います」
「……どういうことかな」
「これは言葉ではわかってもらえず、暴力をふるってくる人から身を守るものです」
「……どうして君がそんなものを持っているんだ?」
「いただいたんです。アキーム様達のような人から身を守るために」
「僕は君に暴力をふるったことなんて一度もないじゃないか!」
「精神的に追い詰めることだって、言葉の暴力になるんです」
 
 アキーム様を睨みつけると、焦った顔をして尋ねてくる。

「君は今まで幸せだと思っていただろ?」
「結婚する前はそうでしたが、あなたが領地の視察に頻繁に出かけるようになってからは違います。そして、私があなたからの支配に気付けたのは、あなたとラファイ伯爵令嬢との話を聞いたからです」
「……リファルド様から聞いたのか? 彼が嘘をついているんだ!」
「いいえ。私もあの場にいたんです」
「……なんだって?」

 あの時の出来事を話すと、アキーム様は青ざめた。

「いや、その、あれは、ベルの前だから言ったことであって」
「あんなことを嘘でも話す人のことを好きでいられるはずがありません」
「そ、そんな……」

 アキーム様は助けを求めるかのようにエレファーナ様を見た。

 エレファーナ様はそんなアキーム様に優しい目を向けて声をかける。

「本当にしょうがない子ね。だから、彼女はやめておきなさいと言ったでしょう」
「で、ですが、盗み聞きをするような人だとは思っていなかったんです!」
「それが彼女の本性ですよ」

 どう思われても良いけど、一応、伝えておく。

「あの時のアキーム様は小声で話しているわけじゃありませんでしたし、あの場に他の誰かがいたら話し声が丸聞こえでしたので、聞かれたくない話をあんな所でするほうが間違っています。しかも、話をしていただけではないようですし」
「しょ、しょうがないじゃないか。あの時はベルのことを魅力的に思えていたんだよ。それに、君と別れる気もなかった」
「それはあなたの勝手な考えじゃないですか。それを私に押し付けないでください!」

 アキーム様のことが本当に好きだった。
 それなのに、今は全く魅力を感じない。

 まるで、魔法がとけたみたいだわ。

「サブリナは僕のことが可哀相だとは思わないのか?」
「……何を言っているんですか?」
「世間から冷たい目で見られて、妻にも見捨てられるなんて最悪な人生じゃないか! せめて、君だけでも人生を僕に捧げて尽くしてくれよ!」
「お断りします。私の人生は私のものです。あなたに捧げるものではありません」
「この生意気な!」

 エレファーナ様が手を出してきたので、ティアトレイで防御した。

「きゃあっ!」

 ティアトレイに手をぶつけただけでなく、しびれが全身を駆け巡ったのか、エレファーナ様は悲鳴をあげ、呆然とした表情で椅子に崩れ落ちる。

「い、一体、それはなんなんだよ!?」

 アキーム様がティアトレイを奪おうと私に手を伸ばした。

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