【書籍化】私の人生は私のものです

32  私の人生は私のものです ⑥

「アキーム! しっかりして!」

 エレファーナ様が泣きながら、床に倒れているアキーム様の体を揺さぶる。
 椅子の足に頭をぶつけていたので、体を揺さぶるのはどうかと思う。

 でも、そんな判断もできないくらい、エレファーナ様はパニックになってしまっているみたいだ。

「エレファーナ様、アキーム様は頭を打っていました。ですから、あまり揺さぶらないほうが良いかと思います」

 声をかけると、エレファーナ様はアキーム様の横で膝を付けた状態で私を睨みつける。

「別れたとはいえ、アキームはあなたの元夫でしょう! それなのに、どうしてそんなに平気な顔をしていられるのよ!」
「元夫だから平気な顔をしていられるんです。暴力はいけませんが、アキーム様は結婚詐欺をしていたんです。女性が怒るのも仕方のないことでしょう」
「結婚詐欺ですって!?」

 エレファーナ様は立ち上がって叫ぶ。

「アキームがそんなことをするわけがないでしょう! あの野蛮な女が勝手に思い込んでいるだけよ!」
「どうだかわかりませんが、誤解させるような発言をしたのは確かでしょう」
「大体、あなたがアキームの言いなりにならないから悪いのよ!」
「言いなりになっていた時に浮気したのに、よく言えますね」

 エレファーナ様は自分の息子の浮気を知っていたみたいで、私に言い返されると眉間に皺を寄せた。

「浮気くらい良いじゃないの! あなたの所へ戻ってくるんだから! あなたのせいでアキームがひどい目に!」

 エレファーナ様は大声で叫ぶと、私に掴みかかろうとした。

 でも、すぐにその手はおろされて、床に跪いた。

「ど、どうして……」
「ティアトレイがあなたを敵とみなしたので、私に近付こうとすると、防衛本能が働く感じで攻撃してしまうようですね」
「そ、そんな馬鹿なことが、ああ! あ、あるわけ……、ないでしょう!」
「……は、は、母上……、助けて、痛い」

 アキーム様の声が聞こえ、エレファーナ様は振り返り、彼の体を抱きしめた。

「……あ、ああ! 可哀相なアキーム。今度はちゃんとした子を選びましょうね」
「も、もう、サブリナ………、みたいな人は……い……や、です」
「アキーム! しっかりして!」

 気を失ったのか、もしくは本当に危険な状態なのかわからない。

 念の為にと呼んでいたお医者様がすぐに診てくれたけど、お腹を蹴られていたので、回復魔法が使える人に助けてもらったほうが良いと言った。

「内臓がどうなっているかを確認するのは大変ですから、息子さんが心配なら、お金を惜しまずに行くことですね」

 先生は冷たい口調で言うと、元いた席に戻っていく。

「ああ! アキーム!」

 エレファーナ様は両手で顔を覆って叫ぶと、私を睨みつける。

「あんたがいなければっ!」

 さっきのことも忘れて、また、エレファーナ様が掴みかかろうとした。

 でも、すぐに体が崩れ落ち、床に倒れ込むと痙攣しているかのように体を震わせ始めた。

「い、い、あ、あ、いゃ……、ご、ごめん……、なさい」

 エレファーナ様の目から涙が溢れ出したところで、見ていられなくなった私が目を逸らすと、エレファーナ様の体の動きが止まった。

 一瞬、ドキッとしたけれど、痛みで気を失っただけのようだった。

 やっとこれで、アキーム様達とさよならできる。

 本当に長かった。
 こんなことまでしないとわかってもらえないことが残念だった。
 
 結婚詐欺の疑いで、警察に担架でレストランから運び出されていくアキーム様を見送りながら、心の中で声をかける。

 さようなら、アキーム様。

 私の人生は私のものです。
 あなた達の望む生き方は絶対にしないわ。

 私は私自身が納得できる道を歩き始めた。
 そして、私なりの本当の幸せというものを知ったので、自分のことしか考えていない、あなたなんていりません。

 エレファーナ様も関係者として警察署に運ばれることになった。

 目を覚ましたエレファーナ様は、警察署の取調室で何度も同じ質問を繰り返しているらしい。

 その質問というのは「どうしたら、この苦痛から逃れられますか?」だった。

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