私の人生は私のものです

6   離婚への動き 1

 気が付くと、周りが私を見て驚いた顔をしていた。私がこんなことを言うとは思っていなかったんでしょうね。

 それとも、ラファイ伯爵令嬢の本性がこんな人だったということに驚いているのかしら。

 どっちともかもしれないわね。

 誰も話し出す気配がないからか、なぜか満足そうにしていたワイズ公爵令息は笑みを消して、ラファイ伯爵令嬢に話しかける。

「乱れているぞ」
「……はい? あ、えっ!?」

 ラファイ伯爵令嬢は黒色のプリンセスラインのドレスの胸元に手を当てた。

 これも、ワイズ公爵令息の罠だった。

 目を細めて彼は言う。

「乱れていると言っただけだ。《《ドレス》》だなんて言っていない」
「え、あ、その、乱れていると言われたら、身だしなみのことかと思いまして」
「俺は息が荒くなっていると言いたかったんだ」
「え、あ、は、はい。あの、別にその、そういうわけでは」

 ラファイ伯爵令嬢はしどろもどろになっている。

 ドレスを気にしたということは、私が行く前に二人は話ではなく、何かしていたのかもしれない。

 ……旦那様は不倫していたのね。

 私への愛情がないんだから、当たり前のことかもしれない。
 夜のお相手がいるんなら、私に興味がなくて当たり前よね。

 一度も体の関係がない理由がわかったわ。

 旦那様の顔もラファイ伯爵令嬢の顔も笑ってしまいそうになるくらいに真っ青だ。

 今まで好き勝手していた罰が当たったのよ。

 ここで畳み掛けたいところだけど、《《私は》》まだ早い。

 オルドリン邸を出て行くまでにしなければならないことがある。

 こう思うとお義母様が私に仕事をさせないようにしてくれたことも良いことだ。
 仕事を途中で放りだすわけにはいかないもの。

 旦那様を見ると、何とか平静を保とうとしているのか引きつった笑みを浮かべている。

 今まで弱いものにばかり攻撃してきた。
 だから、自分よりも格上に睨まれた時の恐怖を初めて味わったのだ。

 それは、ラファイ伯爵令嬢も同じことだった。

 逃げ道を探しているのか、周りに視線を送っているけど、誰も相手にしない。

 すると、ワイズ公爵令息が私に話しかけてきた。

「オルドリン伯爵夫人。主人の体調が悪そうだから心配か?」
「……はい。大事なお話中に申し訳ございません。本日は失礼させていただきたいのですが、お許し願えますでしょうか」
「俺はかまわない」
「私もワイズ公爵令息が良いとおっしゃるなら結構です」

 主催者の伯爵からも承諾を得たので、放心している旦那様に声をかける。

「帰りましょうか、旦那様」
「……え? あ、ああ、そうだな」

 逃げようとする旦那様に、ラファイ伯爵令嬢が叫ぶ。

「ちょっと待ちなさいよ! 一人だけ逃げるつもり!?」
「おい。君の相手は俺だ。オルドリン夫妻と話がしたいなら別の日にしろ。藪をつつかれたくないなら大人しくしているのが一番だがな」

 ワイズ公爵令息は鼻で笑った。

 当時は《《子供だから》》と許されていたことも、今となっては許されない。
 ワイズ公爵令息が言うように、過去の話を持ち出せば、さすがのラファイ伯爵も調べざるを得ない。

 嫌がらせは事実だし、彼女は大人になったはずの今も反省していない。
 だから、婚約破棄の件だけじゃなく、私への嫌がらせも彼女にとってはマイナス要因になるはずだ。

 自業自得だわ。

 大人になっても精神は子供のまま。

 存分に後悔して大人になればいい。
 
 一度ついた心の傷は中々癒せない。
 私のように長い間、苦しめば良いのよ。

 そして、旦那様。
 それはあなたにも同じことを思っても良いかしら。

「サブリナ、助かったよ。僕を信じてくれてありがとう」

 帰りの馬車の中で旦那様は私を抱きしめ、私の頭に自分の頬を寄せる。

「心労が酷いから、明日から静養がてら、また視察に行こうと思うんだ。君にはまた寂しい思いをさせてしまうけどわかってくれるよね」
「かまいませんわ。旦那様のお好きなようになさってください」

 そのかわり、私も好きなようにさせていただきますから。

 離婚届には本人のサインが必要だ。
 でも、本人が書いたかどうかなんて役所の人間にはわからない。

 大切なのは、本人に『離婚を承諾していない』と言わせないことだ。



******


 次の日の朝、旦那様は挨拶もそこそこに逃げるように出かけていった。

 騒ぎがおさまるまで帰ってこないと言っていたし、今の間に離婚準備を始めましょう。

 旦那様が出ていくとすぐに、義母のエレファーナ様が話しかけてきた。

「ちょっと、サブリナさん。アキームの様子がおかしかったんだけど、一体何があったというの」
「ゴシップ記事をお読みになればわかるかと思います」

 多くの貴族が読む一般的な新聞の朝刊には間に合わなかったのか、正式発表ではないと判断されたのか、婚約破棄の件は載っていない。

 でも、ラファイ伯爵令嬢が既婚者の男性と関係があったのではないかと、ゴシップ紙には取り上げられていた。

「逃げても無駄ですもの。すぐに帰ってくるはずですよ」
「サブリナさん! あなた、自分の夫の体調が心配じゃないの!?」
「……心配ではありません」
「なんてことを!」

 私の挑発にのったエレファーナ様は、持っていた扇で私の頬を叩いた。

 今までなら泣いて謝って終わりだった。
 でも、今日は違う。

「私は駄目な妻でしょうか」
「そうね! 駄目に決まっているじゃないの! あなたみたいな子をアキームの嫁にさせるんじゃなかった!」
「まだ、間に合います」
「……は?」
「私と旦那様が離婚すれば、新たな妻を迎えられます。新たな妻は」

 わざと少しだけ間を空けてから続ける。

「ラファイ伯爵令嬢なんていかがでしょうか。彼女はワイズ公爵令息から婚約破棄をされるそうですから」
「……なんですって?」

 エレファーナ様が明らかに動揺しているのがわかった。

 ラファイ伯爵令嬢と旦那様の関係を知っているのね。

「エレファーナ様、旦那様に私との離婚を承諾させてください。旦那様はお義母様のことを愛しています。あなたの言うことなら聞くことでしょう」
「ちょ、そんな、あなた、どういうことなの」
「ラファイ伯爵令嬢は既婚者の男性と浮気しているそうです。旦那様は自分ではないと言っておられましたが、家族ぐるみの付き合いなのですよね?」
「そ、そうだけど」
「では、良いのではないでしょうか。もし、旦那様がラファイ伯爵令嬢の浮気相手だったなら慰謝料が大変でしょうし、そうでないことを祈っていますわ」

 笑顔を作って言うと、エレファーナ様は不安になったのか、口に手を当てた。

「どうかなさいましたか?」

 公爵家から慰謝料を請求されたなら、莫大なものに決まっている。
 巻き込まれないためには、私は早々に旦那様と離婚しなければならない。

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