私の人生は私のものです
7 離婚への動き 2
エレファーナ様は少し考えたあと、私の問いかけに答える。
「あなたがわけのわからないことを言うから驚いただけよ」
「……そうですわね。家族ぐるみの付き合いなんですものね」
「何度も同じことを言わないでちょうだい! 今までは大人しくしていたくせに、いきなり何があったって言うの!? 生意気な口を叩くのはおやめなさい!」
エレファーナ様は声を荒らげ、近くにいた侍女に命令する。
「そこのお前、役所に行って離婚届の紙を取ってきなさい。そして、提出する書類の代筆をするのよ!」
「……だ、代筆でございますか」
代筆が違法だということも、それがわかれば無効になるということは考えなくてもわかる。
だから、エレファーナ様に忠実な侍女も躊躇う様子を見せた。
「アキームが自分は書いていないと言わなければバレやしないわ。それにあの子がそんなことを言うはずがないんだから安心なさい」
「しょ、承知しました」
違法だとわかって居るのだから、このままでは私の立場も悪くなる。
だから、表向きは注意しておく。
「それは違法です。アキーム様の自筆でお願いできませんか」
「うるさいわね。私はアキームの母親よ! 私が良いのだから許されるわ!」
「そんなわけがないでしょう。あとで離婚は無効だと言われても困るんです」
「絶対にそんなことはさせないわ!」
エレファーナ様がまた扇を持つ手を振り上げた時だった。
門の向こうに見慣れない馬車が停まったことに気付き、エレファーナ様は手を下ろした。
まだ、朝の早い時間だし、旦那様がいないのにお客様が来るだなんて、今までにないことだった。
「あ、あの家紋は……」
侍女が焦った顔でエレファーナ様を見た。
私が馬車に施されている家紋を見つける前に、中から降りてきた人物を見て、どこの家の人間かがわかった。
「ゼノン!」
肩よりも少し長いダークブラウンの髪を黒色のリボンで後ろに一つにまとめたゼノンは私の声に気が付いて、にこりと微笑む。
「お出迎えしてもらえるだなんて思ってもいなかったな」
「旦那様の見送りを終えたところだったの」
「その割には険悪なムードに見えたけどね」
私の伯父の息子であるゼノンは、長身痩躯で、顔も整っているほうだ。
だから、一部の女性に人気がある。
一部と限定されてしまうのは、彼は仕事以外では笑みを絶やさなくて掴みどころがない。
酷い言い方をすると、いつもヘラヘラしていると思われてしまうからだ。
ゼノンとワイズ公爵令息は年齢が同じで、学園も一緒だった。
二人は性格のタイプが違う分、馬が合ったようで幼い頃から仲が良い。
ワイズ公爵家を敵に回したくない多くの貴族は、ゼノンの機嫌を損ねるようなことはしない。
ゼノンと私がいとこであることは、他の貴族が知らないわけはない。
でも、表向き、私たちは仲が悪いように見せかけていた。だって、昔は私みたいな女性と仲が良いと思われたら、伯父様達に迷惑がかかると思い込んでいたんだもの。
「はじめまして。ゼノン・ジーリンと申します。先触れのない朝早くからの訪問という無礼をお許しください」
ゼノンがエレファーナ様に挨拶すると、困惑していた彼女は慌ててカーテシーをする。
「エレファーナと申します。ジーリン卿にお会いできて光栄ですわ」
「さすが元伯爵夫人ですね。寛大なお心をお持ちで有り難いです」
まだ許すとは言っていないのにゼノンは勝手に話し始める。
「リファルドから話は聞いたよ。予定が狂って本当に困ったってさ。……というわけで、今から出かけないか。どうせ暇なんだろ?」
「え、ええ。まあ、暇といえば暇ね。でも、やらなければならないこともあるのよ」
「何すんの?」
「えっと、だから、その……こんよ」
あまり大きな声で言うことでもないので、小声で言うと、ゼノンはわざとらしく耳に手を当てて聞いてくる。
「え? なんて?」
「だから、離婚するの! その手続きをしないといけないのよ!」
「それはおめでとう。なら、手続きを済ませて、すぐに行こう」
「……どこに行くつもり?」
「リファルドの家」
「リ、リファルドの家って……」
まさかまさか。
「ほら、ラファイ伯爵令嬢の浮気相手は君の夫だろ? そこはサレた側同士で話し合おうってなってるわけ」
「で、で、でも、離婚するのよ。わ、私に責任は」
「ああ、サブリナに慰謝料の請求するわけじゃないって。サブリナがラファイ伯爵家に請求するための話し合い。オルドリン伯爵家にはワイズ公爵家から慰謝料請求するって言ってた」
「なんですって!?」
反応したのは私ではなく、エレファーナ様だった。
「どうして我が家に慰謝料請求をすると言うんですか!?」
「あなたの息子さんとラファイ伯爵令嬢がイチャコラしていた場面をリファルドが目撃したからですよ」
イチャコラ?
首を傾げると、ゼノンが笑う。
「イチャイチャしてるってこと」
「初めて聞いたわ」
「だろうね。リファルドが言うもんだから、僕も言うようになったんだよ」
僕は悪くないと言わんばかりに頷いたあと、ゼノンはエレファーナ様に話しかける。
「サブリナと僕達の仲が悪いと思ってました?」
「……え、あ、はあ、まあ」
「わかりますよ。サブリナの父はクソみたいだし、母は旦那に依存してサブリナのことを放ったらかしですから、僕達が距離を置いていたことは否めません。だけど、ジーリン家はまともなんですよ。虐げられている親戚を放っておくわけがないでしょう」
ゼノンは笑みを消して続ける。
「僕達は待っていたんですよ。サブリナがあなた達の本性に気付くことをね」
「ほ、本性……とは、どういうこと」
エレファーナ様の声が震えている。
こんなエレファーナ様を見たのは初めてだった。
ゼノンはなぜかまた笑顔になって、私を見つめる。
えっと、そういうことね。
「アキーム様との離婚を認めてもらえないのであれば、新聞社に今までのことを全部話します。そうすれば、ラファイ伯爵家もオルドリン伯爵家も終わりですよね」
「や、やめなさい!」
エレファーナ様は甲高い声を上げて叫んだ。
「では、アキーム様に離婚を必ず認めさせてくださいね」
ラファイ伯爵令嬢との件は、私が何も言わなくてもワイズ公爵家が発表するでしょう。
私の口から言わないのであれば、約束は守ったことになるわよね。
「あなたがわけのわからないことを言うから驚いただけよ」
「……そうですわね。家族ぐるみの付き合いなんですものね」
「何度も同じことを言わないでちょうだい! 今までは大人しくしていたくせに、いきなり何があったって言うの!? 生意気な口を叩くのはおやめなさい!」
エレファーナ様は声を荒らげ、近くにいた侍女に命令する。
「そこのお前、役所に行って離婚届の紙を取ってきなさい。そして、提出する書類の代筆をするのよ!」
「……だ、代筆でございますか」
代筆が違法だということも、それがわかれば無効になるということは考えなくてもわかる。
だから、エレファーナ様に忠実な侍女も躊躇う様子を見せた。
「アキームが自分は書いていないと言わなければバレやしないわ。それにあの子がそんなことを言うはずがないんだから安心なさい」
「しょ、承知しました」
違法だとわかって居るのだから、このままでは私の立場も悪くなる。
だから、表向きは注意しておく。
「それは違法です。アキーム様の自筆でお願いできませんか」
「うるさいわね。私はアキームの母親よ! 私が良いのだから許されるわ!」
「そんなわけがないでしょう。あとで離婚は無効だと言われても困るんです」
「絶対にそんなことはさせないわ!」
エレファーナ様がまた扇を持つ手を振り上げた時だった。
門の向こうに見慣れない馬車が停まったことに気付き、エレファーナ様は手を下ろした。
まだ、朝の早い時間だし、旦那様がいないのにお客様が来るだなんて、今までにないことだった。
「あ、あの家紋は……」
侍女が焦った顔でエレファーナ様を見た。
私が馬車に施されている家紋を見つける前に、中から降りてきた人物を見て、どこの家の人間かがわかった。
「ゼノン!」
肩よりも少し長いダークブラウンの髪を黒色のリボンで後ろに一つにまとめたゼノンは私の声に気が付いて、にこりと微笑む。
「お出迎えしてもらえるだなんて思ってもいなかったな」
「旦那様の見送りを終えたところだったの」
「その割には険悪なムードに見えたけどね」
私の伯父の息子であるゼノンは、長身痩躯で、顔も整っているほうだ。
だから、一部の女性に人気がある。
一部と限定されてしまうのは、彼は仕事以外では笑みを絶やさなくて掴みどころがない。
酷い言い方をすると、いつもヘラヘラしていると思われてしまうからだ。
ゼノンとワイズ公爵令息は年齢が同じで、学園も一緒だった。
二人は性格のタイプが違う分、馬が合ったようで幼い頃から仲が良い。
ワイズ公爵家を敵に回したくない多くの貴族は、ゼノンの機嫌を損ねるようなことはしない。
ゼノンと私がいとこであることは、他の貴族が知らないわけはない。
でも、表向き、私たちは仲が悪いように見せかけていた。だって、昔は私みたいな女性と仲が良いと思われたら、伯父様達に迷惑がかかると思い込んでいたんだもの。
「はじめまして。ゼノン・ジーリンと申します。先触れのない朝早くからの訪問という無礼をお許しください」
ゼノンがエレファーナ様に挨拶すると、困惑していた彼女は慌ててカーテシーをする。
「エレファーナと申します。ジーリン卿にお会いできて光栄ですわ」
「さすが元伯爵夫人ですね。寛大なお心をお持ちで有り難いです」
まだ許すとは言っていないのにゼノンは勝手に話し始める。
「リファルドから話は聞いたよ。予定が狂って本当に困ったってさ。……というわけで、今から出かけないか。どうせ暇なんだろ?」
「え、ええ。まあ、暇といえば暇ね。でも、やらなければならないこともあるのよ」
「何すんの?」
「えっと、だから、その……こんよ」
あまり大きな声で言うことでもないので、小声で言うと、ゼノンはわざとらしく耳に手を当てて聞いてくる。
「え? なんて?」
「だから、離婚するの! その手続きをしないといけないのよ!」
「それはおめでとう。なら、手続きを済ませて、すぐに行こう」
「……どこに行くつもり?」
「リファルドの家」
「リ、リファルドの家って……」
まさかまさか。
「ほら、ラファイ伯爵令嬢の浮気相手は君の夫だろ? そこはサレた側同士で話し合おうってなってるわけ」
「で、で、でも、離婚するのよ。わ、私に責任は」
「ああ、サブリナに慰謝料の請求するわけじゃないって。サブリナがラファイ伯爵家に請求するための話し合い。オルドリン伯爵家にはワイズ公爵家から慰謝料請求するって言ってた」
「なんですって!?」
反応したのは私ではなく、エレファーナ様だった。
「どうして我が家に慰謝料請求をすると言うんですか!?」
「あなたの息子さんとラファイ伯爵令嬢がイチャコラしていた場面をリファルドが目撃したからですよ」
イチャコラ?
首を傾げると、ゼノンが笑う。
「イチャイチャしてるってこと」
「初めて聞いたわ」
「だろうね。リファルドが言うもんだから、僕も言うようになったんだよ」
僕は悪くないと言わんばかりに頷いたあと、ゼノンはエレファーナ様に話しかける。
「サブリナと僕達の仲が悪いと思ってました?」
「……え、あ、はあ、まあ」
「わかりますよ。サブリナの父はクソみたいだし、母は旦那に依存してサブリナのことを放ったらかしですから、僕達が距離を置いていたことは否めません。だけど、ジーリン家はまともなんですよ。虐げられている親戚を放っておくわけがないでしょう」
ゼノンは笑みを消して続ける。
「僕達は待っていたんですよ。サブリナがあなた達の本性に気付くことをね」
「ほ、本性……とは、どういうこと」
エレファーナ様の声が震えている。
こんなエレファーナ様を見たのは初めてだった。
ゼノンはなぜかまた笑顔になって、私を見つめる。
えっと、そういうことね。
「アキーム様との離婚を認めてもらえないのであれば、新聞社に今までのことを全部話します。そうすれば、ラファイ伯爵家もオルドリン伯爵家も終わりですよね」
「や、やめなさい!」
エレファーナ様は甲高い声を上げて叫んだ。
「では、アキーム様に離婚を必ず認めさせてくださいね」
ラファイ伯爵令嬢との件は、私が何も言わなくてもワイズ公爵家が発表するでしょう。
私の口から言わないのであれば、約束は守ったことになるわよね。