私の人生は私のものです

8  離婚への動き ③

「あなたに脅されるだなんて屈辱だわ!」

 エレファーナ様は悔しそうな顔で私を睨みつけてきた。

 怯みそうになったけど、何とか耐えた。

 今まではここで引いていた。

 でも、昨日のアキーム様の発言で何か吹っ切れた気がする。

 ヒーローなんていない。
 自分は自分で守らなくちゃ。

「脅しととられてしまったことは残念ですが、自分達が悪いという自覚があったみたいで良かったです」
「ほ、本当に黙っていてくれるのよね」

 私の様子がいつもと違うからか、エレファーナ様は困惑した様子で聞いてくる。

「もちろんです。私は約束を守ります」
「……なら良いわ。だけど、覚えておきなさい。あなたにも原因があったからであって、私達だけが悪いわけではないのよ」
「それは承知しています。ですが、エレファーナ様の場合は私の態度に苛ついたからではなく、ただ、私を嫌な気持ちにさせたかっただけでしょうから、どうかと思います」

 息子の結婚相手をいじめてストレスを発散するだなんて、嫌な姑でしかない。

「勝手にしなさい!」
 
 エレファーナ様はヒステリックに叫ぶと、逃げるように屋敷の中に入っていった。

 この様子だともう、屋敷の中にはに入れてもらえそうにないわね。

 私を見て、満足そうに笑みを浮かべているゼノンに尋ねる。

「ここを出ていくのは良いんだけど、離婚届に書く私のサイン、どうしたら良いかしら」
「離婚届は持ってるのか?」
「今、エレファーナ様の侍女が取りに行こうとしてくれていたの」
「なら、一緒に行こう。サブリナはその場で記入して提出はオルドリン伯爵家に頼めば良い」
「そういえば、代筆をお願いしていたわ」
「なら、その場で書いてもらったらいいんじゃないか?」

 トントン拍子に話がうまく進んでいくので、夢の中にいるような気分だ。

 エレファーナ様と入れ替わりに出てきたノエラに荷造りをするように頼み、その間に、私達は役所に向かった。

 馬車が動き出したところで、ゼノンが話しかけてくる。

「あとで、君の荷物は取りに行かせるよ」
「……ゼノン、助けてくれたのは嬉しいわ。本当にありがとう。でも、あなた、お仕事はどうしたの」
「ちゃんとお休みを取ってきたよ。可愛い従妹のためにね」
「……聞きたいんだけど、いつから知っていたの?」

 向かいに座るゼノンは笑みを浮かべて聞き返してくる。

「どのことを言ってるの? 色々とありすぎてわかんないなあ」
「旦那様……、ではなくて、アキーム様のことよ」
「オルドリン伯爵とラファイ伯爵令嬢のことでいいのかな? 二人の関係はサブリナに頼まれて調べた時に発覚したんだ。それで、リファルドに話をしたら、自分の手で鉄槌を下したいってうるさくてさ。彼も感づいてはいたみたいだけど」

 あんな風にみんなの前で話をするのは、やっぱり最初から考えられていたことだったのね。

「知っていたのに、どうして教えてくれなかったの?」
「……視察先での話はこと本当の話だから、ちゃんと教えてはいるよ。女性が出入りしていたことを伝えなかっただけ。部屋から出てないから嘘じゃないだろ?」
「アキーム様は女性を部屋に連れ込んでいたということね」
「それから、ラファイ伯爵令嬢はオルドリン伯爵に恋愛感情があるわけじゃない。君をいたぶりたかっただけだ」
「……自分の体を汚してまで?」
「最後まではしてないってさ」

 ゼノンは私のところに来る前に、ワイズ公爵家に行って、昨日のパーティーでの出来事を詳しく聞いたとのことだった。

「ワイズ公爵令息は大勢の前で、ラファイ伯爵令嬢からそこまで聞き出したの?」
「あいつは容赦ないから。なんつーか、ほら、自分が悪いから浮気したなんて言われたくなかったんじゃないかと思う」
「自分が悪いというのは、ワイズ公爵令息がかまってくれなかったから、とか言われるのが嫌だったの?」
「まあ、それもあるかもしれないけど、一番の理由は公爵家がなめられたと感じたんだと思うよ」
「ワイズ公爵家にしてみれば立場的にも許せないわよね。遅かれ早かれ、ラファイ伯爵令嬢とアキーム様の関係は表沙汰になったということかしら」
「だろうな。本当にバカだよな」

 ゼノンは声を上げて笑うと話を続ける。

「サブリナの目が覚めてくれたみたいで良かったよ。サブリナがどんな反応をするのかわからなかったから、リファルドには断罪するのは良いけど、サブリナには知られないようにしてくれって、お願いしてたからさ」
「……どうして、今まで黙っていたの? 助けてほしかったわけじゃなくて、理由が知りたいの」
「言っておくけど、面倒だから放っておいたわけじゃない。サブリナが頑固だったからだぞ」
「頑固?」
「ああ。嫌がらせされてて辛いのに助けを求めなかっただろ」
「両親には助けを求めたわよ」
「でも、学園を通うことはやめなかった」

 ……そう言われればそうだわ。

 でも、アキーム様のために行ったほうが良いと考えていたのよ。

「……私がアキーム様に夢中だったから何を言っても無駄だと思っていたの?」
「そういうこと。あの時のサブリナにオルドリン伯爵の悪口なんて言ったら、僕達ともやり取りをしなくなる可能性があったからね」
「自分で自分の首を絞めていたのね」

 窓の外を流れる景色を見てから、また、ゼノンに視線を戻す。

「これからどうしたらいいのか決まっていないの」
「まずは離婚だろ。それから、リファルドの所へ行こう。住む場所は僕の家でいいだろ」
「ワイズ公爵令息まで巻き込んで良いの?」
「ラファイ伯爵令嬢が絡んでるから無関係じゃない。サブリナの話は昔からしてるから他人事のように思えないみたいだな」

 そんなものなのかしら。

 その後、役所に着いた私はゼノンに促されるままに手続きを終えた。

 ラファイ伯爵令嬢とアキーム様の噂は、ワイズ公爵家が手を回したのか、すでに多くの人に知られていた。

 だからか、離婚届を受理して貰う時に「おめでとうございます」と言われてしまった。

 ……おめでたいことは、確かよね?

 でも、気を緩めては駄目。

 これからが大変だもの。

 お父様は絶対に何か言ってくるはずだわ。
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