迷惑ですから追いかけてこないでください!
 伝令の人は私たちがいることに気がつくと焦った顔になりました。

 それはそうでしょうね。
 キール様しかいないと思って話をしたのに、女性と子供が一緒にいるんですもの。

 中を確認して報告しなかったのは兵士のミスだけど、私はそれを咎めるつもりはありません。

「キール様、今のお話は聞かなかったことにいたします。お急ぎのようですし、宿屋の場所を教えていただけましたら、そちらに向かいます」
「……ありがとうございます。正式に発表があるとは思いますので、それまでは先ほどの話は公言しないでいただきたいです。それから、御者にこのまま宿屋まで向かわせますので乗っていってください」 

 キール様は御者に指示をすると、伝令の人の後ろに乗せてもらい去っていきました。

 御者の人はキール様に命令された通り、繁華街の中心部にある高級の宿屋まで私たちを運んでくれただけでなく、支配人に話を付けてくれて、宿泊代、宿屋内の食事代などは全てキール様宛に請求するように伝えてくれました。

「あの、お金の件なのですが」
「キール様のご命令ですので気になさらなくて結構ですよ」
「で、ですが」
「キール様のご命令ですから」

 御者はそういうしかないですよね。
 今回、お世話になる分は慰謝料から差し引いてもらうことにしましょう。
 
「こ、ここにすむんですか?」

 目をキラキラさせて聞いてきたラシルくんに苦笑して答えます。

「ここに住むわけではないんです。でも、少しの間だけ、ここでゆっくりさせてもらいましょう」
「……はい! な、なんだか、このばしょをしっているような気がします!」
「そうなんですか?」
「はい。む、むかし、きたことがあるかもしれないです」

 きょろきょろとロビー内を見回すラシルくんに聞いてみます。

「今は平民として暮らしているようですが、ラシルくんは昔は貴族だったのですか?」
「わ、わからないです。ずっと、おかあさんといっしょでした」
「そうですよね。気がついた時には今の家に住んでたと言ってましたものね」

 ラシルくんは二歳の時から今の家に住んでいると、お母様からは聞かされていたそうです。

「昔というのは、いつくらいのことでしょうか」
「よ、よんさいのたんじょうびにきたんだとおもいます」

 平民が高級な宿屋に泊まれるわけがないですし、お祝いにレストランにだけ来たにしても結構な額になるはずです。
 ラシルくんは本当はお金持ちの子供だったのかしら。
 だから、お母様が誘拐されたとか?

 ラシルくんの服装を見てみると、そんなに良いものには見えません。

 ということは、お金持ちの子供の可能性は低いかもしれません。
 
「ラシルくんの服を買いに行かなくてはいけませんね」
「ぼ、ぼく、このふくでだいじょうぶです」
「同じ服を着ることは悪いことじゃないですが、そのお洋服は汚れていますし洗濯しないといけません。洗濯している間に着る服を買いましょうね」
「で、でも、ここで、おとなしくしていないとだめなんですよね?」

 そうでした!
 ラシルくんの言う通り、キール様は身を潜めておいてくれと言っていましたね。
 緊張感がないと怒られてしまうわ。
 でも、ホテル内の洋服屋さんはこれからのことを考えると高くて手が出せません。

 どうしたら良いのでしょう。
 困ったものです。
 もし、パジャマを貸してもらえるなら、それを着ておいてもらって、その間に洗濯に出す方法でいきましょうか。

 すると、私たちの会話を聞いていた宿屋の案内係が話しかけてきます。

「よろしければ、洋服屋を呼び寄せましょうか」
「い、いえ。そこまでしていただかなくても結構です。あの、私が見に行っている間、この子をお願いできないでしょうか」
「いやです! ぼくもいっしょにいきます! ミリアーナさんといっしょにいたいです!」

 しがみついてきたラシルくんを見て、案内係は微笑みます。

「やはり、お部屋に呼ぶようにいたしますね。お客様のことは支配人から手厚くおもてなしするようにと命じられています。何かありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいませ」 
「で、ですがお金が」
「全てデファン公爵家に請求するようにとのことですので」

 案内係は上客が来たと言わんばかりに笑みを浮かべているので、私のお財布から多めのチップを渡して、洋服屋に足を運んできてもらえるようにお願いした。

 その後、案内された部屋を見たラシルくんは部屋の豪華さに喜んでいたけど、私は金額のことを考えると頭が痛かったのでした。

 
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