迷惑ですから追いかけてこないでください!
 私からの一撃を受けたポッコエ様は白目を剥いて倒れてしまいました。
 やり過ぎかと思って焦っていると、キール様が脈を確認して生きていると教えてくれたのでホッと胸を撫で下ろします。

 たとえ、悪い人であっても暴力をふるうことは良くありませんからね。それに最低なことを言われたとはいえ、人を殺したりすることは良くないですもの。

 ティアトレイはまるで意思があるみたいに、叩いた時は火傷しないようにしてくれているからすごいです。

 触れるだけでは取れなかったモヤモヤが、直に叩くことでスッキリした気がするのはなぜなんでしょうか。

 もしかして、叩くと触れるで機能性を変えているのかもしれません。

 魔法ってすごいです。
 
 気を失ってしまったポッコエ様をお姉様が徒歩で連れて帰れるはずもありません。
 そのため、二人を荷馬車で街へと送ってもらうことにしました。

 お姉様は私の豹変ぶりに怯えていましたので、抵抗することもなく、帰ってほしいという私からのお願いに従ってくれました。
 普段、吠える人間に限って小心者だったりしますよね。

 お姉様が良い見本です。

「お姉様、同じような目に遭いたくなければ、私のことは忘れてくださいませ」
「……わ、わかりました」

 お姉様は素直に頷き、荷馬車でポッコエ様と一緒に運ばれていったのでした。


*****


 それから2日後、私たちは移動を開始しました。
 別荘に住んでいては、ラシルくんが望む平民としての暮らしができません。
 そのため、田舎の地で売られていた家を公爵家が買い取ったのです。
 その家は庭付きの木造の二階建てで二人で住むには大きな家でした。

 表向きは私とラシルくんは年の離れた姉弟で、両親は商人でほとんど家にいないという設定にすることにしました。

 実際に世界を旅している夫婦が公爵家の知り合いにいたので、その人たちに頼んで口裏を合わせてもらえることになったのです。

 家の周りを警備兵がうろついていてもおかしいので、使用人のふりをして家に出入りしてもらったりして平民でも少しお金持ちの家の設定です。

 新しい家の近所に住む人たちは良い人ばかりで、私たちを歓迎してくれました。

 キール様は以前よりも私たちの所に来れなくなってしまったけれど、十日に一度は従兄という設定で、軽く変装して夜に私たちの様子を見に来てくれました。
 
「そろそろ、ミリアーナさんにはお話ししても良いかなという話になったんです。重い話になりますので心構えができましたら教えてもらえますか」

 ある日の夜遅く、キール様が家にやって来てそう話しかけてきました。
 ラシルくんはもう部屋で眠っています。

「いつでもかまいません」
 
 緊張した面持ちで頷くと、2人きりの談話室でキール様は早速話し始めました。

「今回、僕たちがラシル様を逃がしたのは、国王陛下からの命令です」
「……どういうことでしょうか。捜しているのに逃がすなんておかしくないですか?」
「側妃がどこの出かは知っていまよね」
「はい。踊り子だったと聞いています」

 少し考えてから答えると、キール様は首を横に振ります。

「それが違うのです」
「……違う?」
「はい。平民には知らせていませんが、ロシノアール王国は隣国、エドナク王国に攻めこまれる危機に陥っていました」

 どうしてそんな話が出てくるのかと、初めて知った事実への驚きで言葉を発せずにいると、キール様は話を続けます。

「真正面から戦えば、我が国の負けは目に見えていました。妥協案として相手側から提案されたのが、現在の側妃との結婚でした」
「ということは、踊り子ではなくエドナク王国の王族だったのですか?」
「ええ。第二王女でした」
「……エドナク王国の狙いは、王家の乗っ取りということでしょうか」
「そうです。亡くなった王太子殿下も本当は陛下と血の繋がりはありません。第二王女は国では同国の公爵と結婚したことになっていて、王太子殿下は彼との間に生まれた子供だそうです」
「では、王妃陛下とラシルくん、いえ、ラルシード様を逃がしたのは国王陛下なんですか?」
「計画を立てたのは陛下です。実行に移す手助けをしたのが僕の両親です」

 その後、キール様が話してくれたのは、側妃が王妃陛下を嫌っていたことや、自分の息子を王太子にするために、ラシルくんの命を狙っていたことでした。

 国王陛下は2人が行方不明になり、王太子の座に側妃の子供が確定すれば、それで事はおさまると当時は考えていたそうです。

「あの、侍女が殺されたと聞きましたが……」
「そういう噂を流しただけで生きていますよ。今は田舎でのんびり暮らしているそうです」
「それなら良かったです」

 胸をなでおろしたあと、大事なことを確認します。

「現在、王妃陛下はどうされているのですか?」
「王妃陛下に付けていた護衛が殺され、連れ去られましたが奪還はしています。本当はすぐにラシル様を王妃陛下の元にお連れしようとしていたのですが」
「ポッコエ様が私の所に連れてきたんですね?」
「それもありますが、一番の理由はまた別です。先にそちらの話をしますが、ラシル様たちを誘拐しようとした女性は側妃が手配していました。彼女は陛下の様子から、2人が生きていると確信していたようで、自分の国の人間を使って調べていたんです」
「でも、2年も放置していましたよね。それなのに……って、自分の子供が亡くなるとわかったからですか」

 キール様たちの予想は、側妃は自分の子供が病気で助からないとわかると、道連れに王妃陛下とラシルくんを殺そうとしたのではないかとのことでした。


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