迷惑ですから追いかけてこないでください!
お母様はため息を吐いて、話題を戻す。

「とにかく、あなたはもう役立たずだわ。家においていてもお金の無駄よ。18歳になるまでは面倒を見てあげるつもりだったけど、お金をあげるから出ていきなさい」
「そんな!」

 まさか、お金をもらえるだなんて思ってもいなかった。

 喜びを前面に出してしまうと、もらえなくなってしまう可能性もあるので、動揺した素振りを見せる。

「お母様たちに捨てられたら、私はどうすれば良いのですか!?」
「学園も卒業したのですから、独り立ちすべきです。少しのお金はあげますから、穢らわしい子供と二人で一緒に生きていきなさい」
「……わかりました」

 俯いて必死に笑顔になりそうな顔を見せないように堪える。

 予定よりも早いけれど、お金をもらえて出ていけるのは有り難いわ。

 ラシルくんのこともあるから、喜ばしいことばかりではない。
 でも、これでこの家から出ていくことができるのは助かるわ!

 ありがとうございます!

「わかったのなら、早く出ていく準備をしなさい! 一晩くらいは待ってあげます! それから穢らわしい子供はあなたの部屋で眠らせなさい。いいですね!?」
「……承知いたしました」

 悲しんでいるふりはできているかしら。
 さっきから、穢らわしい子供とお母様が言い続けていることに腹が立ってきたから、もう談話室から出ないといけないわ。

 ここで怒ってしまったら、もらえるお金がなくなってしまいますものね。

 これからどうすれば良いのか不安はある。
 でも、お金があれば多くのことは解決できるはずですからね。

 ラシルくんのことは部屋に帰って、彼と一緒に考えることにしましょう。

 子供が子供を育てるなんて難しいことだとはわかっている。
 でも、放っておくわけにはいかないわ。
 ポッコエ様に預けていたら、ラシルくんの身が危ないですもの。

 談話室から出て執事の部屋に行くと、ラシルくんは私を見て駆け寄ってきた。

「よ、よかった、です」
「どうかしましたか?」
「お、おいていかれるんじゃないかって、思って」
「置いていったりなんてしませんよ。ところでラシルくんに聞きたいんですが、お母様と最後に会ったのはいつですか?」

 預けていったあとに殺害されたと言っているから、怖い思いはしていないはず。
 そう思って問いかけてみると、ラシルくんは体を震わせる。

「こ、こわ、こわい人がきたんです」
「怖い人?」
「は、はい」
「……えっと」

 このまま聞いても良いものか迷ってしまう。
 もしかして、吃音になっているのはストレスかもしれないものね。

 お母様のことを忘れるのは無理でしょうけど、今は楽しいことを考えてもらうようにしたほうが良さそうです。

「嫌なことを思い出させてごめんなさいね」
「い、いいえ」
「私のことはミリアーナと呼んでください。お母様の代わりは無理ですが、あなたの姉として、これから仲良くしてもらえないでしょうか」
「は、はい! あの、お母さまは……、その、もう」

 本当のことを口にしてしまって良いのかしら。

 誰に相談したら良いのかわからないわ。

 デファン公爵夫妻に相談したいところだけど、私はもう無関係なのよね。

「あの、そうですね。でも、先程も言いましたが、いつかは必ず会えますからね」
「は、はい。あ、あ、ありがとう、ございま、ます」

 意味がわかったのか、ラシルくんは一瞬にして涙を目から溢れさせ、声を殺して泣き始めた。

 こんな幼い子が声を上げずに泣くだなんて、一体、どんな状況下で暮らしてきたのかしら。

 これから時間はありますものね!
 ゆっくり知っていきましょう!
 
 体を大きく震わせて涙を流すラシルくんが落ち着くまで待ってから声を掛ける。

「明日はこの家を出ないといけません。不安かもしれませんが、今日は体を洗って、ラシルくんの好きなものを食べましょうね」
「は、はい! あ、ありがとううっ、ござ、います」

 平民のはずだけど、言葉遣いは丁寧だわ。
 子供は苦手ですが、ラシルくんとは上手くやれそうです。

 それから、ラシルくんはお菓子が食べたいと言うので、夕食後にデザートとお菓子を食べさせた。

 体を洗い、ぎこちないながらもお話をして、一緒に眠ろうとした時だった。
 お姉様がパーティーから帰ってきて私の部屋に突撃してきた。

「ちょっと、ミリアーナ! 明日にここを出ていくなんてどういうことなの!?」

 私が決めたことではありませんよ。

「こ、こわ、こわいです」
「ここで待っていてくださいね」

 隣で横になっているラシルくんの頭をなでてから、お姉様の相手をするために立ち上がった。










 時計を見ると、日付が今にも変わろうとしていた。
 こんな遅い時間に帰ってくるだなんて、どうかしているわ。

 どうして泊まってきてくれなかったのかしら。

 ポッコエ様は本当に気が利きませんね。

 扉を少しだけ開けて、お姉様を睨みつける。

「お姉様、今、何時だと思っているのですか? 家族が相手でも常識は必要ですわよ」
「そんなことはわかっているわ! でも、知らない間にいなくなられても困るのよ!」
「どういうことでしょうか」

 ふわあ、とわざと声に出して、これ見よがしに大きなあくびをして見せると、お姉様は叫ぶ。

「出ていくと聞いたわ! あなたがいなかったら、わたしは色々と困るのよ!」
「お姉様、出ていくことを決めたのは私ではございません。文句があるのでしたら、お母様に言ってくださいませ」
「それはそうかもしれないけれど、あなた、よくも見ず知らずの子供の世話なんて出来るわね! 相手はターズ様じゃないのよ? 愛人の」

 あまりにも大きな声で叫ぶものだから、外開きの扉をわざとお姉様にぶつけた。

「痛いじゃないの!」
「申し訳ございません。部屋の中に子供がいるんです。うるさいと眠れないでしょうから、私が外に出ますわ」

 ラシルくんの聞こえる所で愛人の話はしたくない。

 ラシルくんに詳しい話を聞いてみると、愛人はラシルくんの母親ではなかった。

『お、大きな男の人がお母さんに、あ、会いにきたんです。そのあと、い、いやがるお母さんを、つれていっちゃったんです。そ、そのあとに、し、知らないお姉さんがきて、ぼくを、つれていったんです。いやだ、って、ちゃ、ちゃんと言いました』

 彼は泣きそうになりながら、そう言っていた。

 この話を聞いて、ラシルくんたちが何者かに狙われているのではないかと考えた。
 そうなると、相手がどんな人かわからないだけに、私とラシルくんだけで、ここを出ていくには心細い。
 だから、出ていかなくて済むのなら有り難いのですけどね。

「行き先は教えなさいよ。あ、それからドレスやアクセサリーは置いていってね」
「行き先は教えません。それから、自分の小遣いで買ったものは持って行かせていただきます」
「この髪飾りはもらうわよ」
「お金をいただけますか?」
「なんていやらしい!」

 お姉様が私の肩を押したので、苛立った私は部屋の中に入って扉を閉めた。

「ちょっと、ミリアーナ!」
「出て行けということに変わりがないのであれば、お姉様と話すことはもうありませんわ」 

 扉越しに会話を交わして鍵を締める。

「出て行く時にはお声がけしますので心配なさらないでくださいませ」
「どこにいるのかも連絡してくるのよ!」
「そうですわね」

 気が向いたら連絡しますわ!
 そんな日は一生こないでしょうけど!

 お姉様が大人しくなったので、ラシルくんの所に戻ると、心配そうな顔で私を見つめてくる。

「だ、だいじょうぶですか?」
「大丈夫ですよ。驚かせてしまってごめんなさい」
「あ、の、いまの、人は、だ、だれですか」
「気にしなくて大丈夫ですよ。今日はもう寝ましょうね」
「……はい」

 ラシルくんは素直に頷いて横になった。

 私に嫌われたら、一人ぼっちになってしまうと思っているみたいね。

 お母様しか頼れる人がいなかった彼には、もう目の前にいる私しか、助けてくれる人がいないと思っている。

 色々なことがありすぎて、昨日はポッコエ様の屋敷にいたものの、ほとんど眠っていなかったらしい。
 だからか、そう時間が経たない内に寝息が聞こえてきた。

 今までは普通に話せていたと言うから、落ち着けば吃音も直るはず。

 難しいかもしれないけど、少しでもストレスのかからない所へ連れて行ってあげないといけないわ。

 明日はまずは、ポッコエ様の弟であるキール様の所へ行ってみることにしましょう。
 キール様はポッコエ様とは違い、まともなはず。

 キール様は王家直属の騎士団で勤務している。
 
 変な人は騎士団には入れないはずだし、キール様はまともな人だと思うし、話を聞いてくれるでしょう。

 ……脳筋とかいわれる人ではありませんように!

 キール様にはまだ、一度もお会いしたことがなくて、昨日のパーティーで初めて会うはずだった。

 ポッコエ様みたいな馬鹿ではありませんように!

 ラシルくんの寝顔を見ながら、神様に祈った。


 
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