Bravissima!ブラヴィッシマ
「という訳で……」
「どういう訳ですか?」

如月シンフォニーホールの練習室で話を切り出した公平に、芽衣は憮然とする。

「まあまあ、そう怒らないでよ。ね?芽衣ちゃん」
「そうおっしゃられても。如月さんは?これで本当にいいんですか?本番のその瞬間まで、何を弾くか分からないんですよ?」

そう。
プログラムは事前投票とはいえ、数日前には結果が知らされるはずだった。

だが理事長が、余りに話題になっているのに喜々として「当日はネットでコンサートをライブ配信。最後の曲は直前まで投票可能にする」と決めたのだ。

「そんなコンサート、聞いたことないですけど?」

一人抗議してみるが、聖は諦めているらしかった。

「まあ、これまでの動画から選ぶってことは、一応やったことある曲だから、なんとかなるんじゃね?いつも1発撮りだしさ。やること変わんないよ」
「じゃあコンサートの最後の最後、疲れ切ったところに、エルンスト弾くことになっても構わないんですね?無伴奏なので、私は黙って見てますからいいですけど」

うぐっと聖は妙な声を出す。

「そ、そうか。それは嫌だな。あ!じゃあ、1部でエルンストやっておこう。そしたら投票されないだろ?」
「分かりませんよ?もう一度聴きたーい!って更に投票数増えるかも」
「うげ!エルンスト2回?やめてくれー」
「でしょ?」

そして芽衣は公平に聞いてみた。

「ちなみに、今のところ人気なのはどの曲ですか?」
「ん?それがね、パガニーニにサラサーテ、ヴィエニャフスキ……。まあ要するに、超絶技巧だな」

ガックリと聖が肩を落とす。

「やっぱり俺『超絶技巧野郎』って呼ばれてるんだな」
「いいじゃないか。名誉なことだ」
「おい、否定しろよ!」
「ははは!そういう訳で今日の動画は、サン=サーンスのロンカプでーす」

鬼!と聖が睨みつけるが、公平は涼しい顔だ。

「おや?弾けないんですか?」
「弾けるわ!いくぞ、イスラメイ!」
「はい!イスラメイ、ロンカプいきます!」

やけくそなのか、芽衣までおかしくなってきた。

だがその後はいとも鮮やかに、二人はサン=サーンスの難曲《序奏とロンド・カプリチオーソ》を弾きこなす。

「ブラーヴィ!ってことで、この曲も人気投票の曲に入れておくな」

スタスタと去って行く公平に、聖も芽衣も「鬼!」と叫んだ。
< 102 / 145 >

この作品をシェア

pagetop