Bravissima!ブラヴィッシマ
寄り添える幸せ
5月24日、コンサート当日を迎えた。

芽衣は朝からのんびりと支度を整え、ドレスや楽譜など持ち物を確認し、軽くお昼ご飯を食べてからホールに向かった。

「おはようございます」
「おはよう、芽衣ちゃん。今日はよろしくね」
「こちらこそ」

ホールに顔を出すと、公平がステージマネージャーと打ち合わせをしていた。

聖の姿は見当たらない。

「高瀬さん、如月さんは?」
「ん?まだマンションじゃないかな。あいついっつも入り時間ギリギリに来るからさ」
「そうなんですね。では私だけ先に、ホールのピアノの音出しさせていただいても構いませんか?」
「うん、いいよ。一応バミリしてあるけど、芽衣ちゃんが弾いてみて、もっと前に動かしたいとかあったら教えてね」
「はい、分かりました。ありがとうございます」

他のスタッフが舞台上を行き交う中、芽衣は軽く手をほぐしてからピアノを弾いてみた。

(はあ、やっぱりいい音)

スケールを弾いたあとは、思いつくままにエチュードを弾いてみる。

目を閉じてピアノの響きにゆったりと身を任せた。

客席は、今はもちろん誰もいない。

だが今日の公演チケットは完売、つまり本番は2000人の観客で埋め尽くされる。

(パキッと弾かないと、音が吸われちゃうだろうな。体力残しておこう)

軽く流すように弾いていると、やがて聖がヴァイオリンを手にしてやって来た。

ラフなジーンズと半袖シャツで、髪も無造作なまま。

しかもまだ少し眠そうな顔をしている。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

芽衣は立ち上がって挨拶する。

「はよ。じゃ、スプリングソナタの頭だけ合わせるか」
「はい」

チューニングを終えると、二人でタイミングを揃えてブレスを取る。

爽やかな春風のように、聖のヴァイオリンの音が響き渡った。

(ひゃー、人が変わった。あの寝ぼけまなこの人が弾いてるとは思えない)

芽衣はうっとりと目を閉じて、柔らかく鍵盤に指を走らせる。

リピート部分に入るところで聖は音を止めた。

「こんな感じでいいか。サウンドチェック、終わった?」

大きな声で観客席に声をかけると、カメラマンや音響担当者と一緒にいた公平が「オッケー!」と手で〇を作る。

「じゃ、本番よろしく」

そう言うと聖は早々に控え室へと引き揚げて行った。

(すごっ、一瞬でリハ終了?不安じゃないのかな。音の響き方とか、耳が慣れないと分かんないのに)

自分だけはもう少し弾いておこうとピアノに手を置いたが、結局気分が乗らずにやめておいた。

(お客様次第で響き方なんて変わるもんね。変に今耳が慣れない方がいいか)

都合良く己を納得させると、芽衣も控え室に戻り、のんびりと支度することにした。
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