Bravissima!ブラヴィッシマ
ホールに響き渡る拍手の音。

まばゆいライトの下、芽衣はホールを埋め尽くす観客と、その期待を一身に浴びる聖の背中を見つめた。

広いステージの真ん中にいるのは聖ただ一人。

だが聖の放つオーラは、2000人の観客をも圧倒する。

これから聖が奏でる音楽を一瞬も聴きもらすまいと、2000人の視線が聖に集中した。

誇らしげに客席を見渡してから深々とお辞儀をする聖に合わせて、芽衣もピアノの横で頭を下げる。

顔を上げた聖がヴァイオリンを構え、芽衣はラの音を出した。

素早くチューニングを終えると、聖は一気に顔つきを変えて芽衣と視線を合わせる。

ほんの一瞬。

二人でスッと息を吸うと、煌びやかな音を奏で始めた。

ベートーヴェン作曲《ヴァイオリン・ソナタ第5番 第1楽章》

冒頭からいきなり二人同時に弾き始めるが、テンポ感や歌い方など、二人が持っている感覚は同じ。

何のストレスもなく、すぐに音の世界に入り込めた。

ホールの中を5月の爽やかな風が吹き抜け、みずみずしい新緑が空気を変える。

立ったままバイオリンを弾く聖の姿勢は芯が通っていて美しく、まるで貴公子のように洗練された雰囲気を醸し出している。

観客席から甘い吐息がもれ聞こえるような気がして、芽衣は思わず微笑んだ。

聖の音は、どこまでも輝かしく優しく、一瞬で心を奪われてしまう。

そう、最初のたった一音で、既にホール中の人々は聖の音楽に堕ちていたのだ。

こんなに魅力的な音に寄り添える幸せ。
こんなに美しい音と一緒に奏でられる喜び。

芽衣の心がじんわりと温かくなった。

身体中で聖の音を感じ取り、身を任せ、そっと寄り添って支える。

空気を浄化するようなスプリングソナタは、人々を幸せに包み込んだまま終わった。

大きな拍手に応えて、聖は微笑みながらお辞儀をする。

やがて公平がステージに現れて挨拶を始めた。

「皆様、本日は如月フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター、如月 聖のスプリングコンサートにようこそお越しくださいました。わたくしは本日司会を務めます、如月フィル事務局長の高瀬 公平と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

再び拍手が起こり、公平がお辞儀をした。

「さて皆様、日頃より如月フィルを応援していただき、誠にありがとうございます。公式動画サイトに投稿する動画は、毎回多くの方にご視聴いただき、ありがたいコメントも多数いただいております。今回のコンサートは、そんな視聴者の皆様からの、生でこの曲を聴いてみたいというリクエストにお応えすべく実現しました。更には少し趣向を凝らし、第2部の最後に演奏する曲を、皆様からの投票で決定いたします。今、この瞬間も受け付けておりますので、曲と曲の間に投票をお願いいたします。投票フォームは、如月フィルの公式ホームページに記載してありますので、そちらをご覧ください。果たしてどの曲になるのでしょうか?我々は楽しみですが、コンマスはかなりヒヤヒヤかもしれません。たくさんの投票をお待ちしております」

場の空気が少しなごんだところで、2曲目に移る。

「2曲目も、皆様から多くの反響をいただいた曲です。爽やかで美しい調べの、ナイジェル・ヘス作曲《ラヴェンダーの咲く庭で》」

公平がはけると聖は芽衣を振り返り、楽器を構える。

そしてまたもや息の合った演奏を二人で響かせた。
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