Bravissima!ブラヴィッシマ
芽衣はポカーンとしたまま固まった。

(はっ?えっ?サン=サーンスの《死の舞踏》?!)

ようやく頭が働いた次の瞬間、芽衣は一気に焦り始めた。

(嘘でしょ?!全く頭になかった。楽譜も用意してないよ。まあ、暗譜してるからいいけど。それよりも!この曲はダメなの!これを弾いたら……、来ちゃうじゃない!ヤツが!)

公平がマイクで曲の解説をしている間に、芽衣は小声で聖を呼んだ。

「如月さん、ねえ、如月さんってば!」

ん?と聖が振り返る。

「なんだよ。本番中にしゃべりかけんな」
「いいから、ちょっと!こっちに来て」
「はあー?ったく、なんだ?」

聖は渋々近づいて来た。

「次の曲、ここで弾いてください」
「は?なんでこんなピアノの近くで弾かなきゃなんねえんだよ?」
「だって、ほら……。来ちゃうから」
「なにが」
「だから……、ガイコツ」

はー?!と思わず聖が大きな声を出す。

「アホか!ここ舞台だぞ?しかも今、本番中!」

すると公平がマイクを握ったまま話しかけてきた。

「おや?なんだか揉めてますね。どうかしましたか?」

聖はクイッと親指を芽衣に向けながら、公平に言う。

「こいつがバカなこと言い出すからさ」

芽衣はムキッと憤慨した。

「何ですか?!バカなことって」
「だってそうだろう。この曲弾いたらガイコツ来るとかさ。自分で弾くのに何言ってんだ?」
「誰のせいで私がこの曲弾くの怖くなったと思ってんですか?!」

さすがは極上の音響を誇るホール。
マイクから離れているのに、しっかり聖と芽衣の声は客席に届いたらしい。
ドッと笑い声が上がった。

「おやおや。ステージで仲良く痴話げんかですか?こんなところも息ぴったりですね。それでは、次も息の合った演奏を聴かせてください。皆様からのリクエスト第1位に輝いた、サン=サーンス作曲《死の舞踏》です」

公平が袖にはけ、芽衣がラの音を出して聖が調弦する。

そのあと舞台の前方に歩み出ようとする聖のジャケットを、芽衣はグイッと引っ張った。

振り返った聖がジロリと芽衣を睨む。

負けじと睨み返すと、聖は諦めたようにため息をついた。

「分かったよ。ここで弾きゃいいんだろ。いくぞ!」
「はい」

二人で挑むようにアイコンタクトを取り、ダークな演奏を始める。

ザワッと鳥肌が立ち、ホールの空気が一変した。

聖の奏でる音は恐ろしいほどに研ぎ澄まされている。

(くっそー!怖いよー!)

ガイコツに対抗するように、芽衣も懸命に鋭い音を奏でた。

一瞬でも隙を見せたら負け。

そんな二人の掛け合いに、観客も固唾を呑む。

かっこいいけど、恐ろしい。
恐ろしいけど、かっこいい。

そんな思いで誰もが聖と芽衣から目をそらせない。

ラストに向けて疾走感が増していく。

二人のエネルギーに身体ごと持っていかれそうになり、ギュッと拳を握りしめる観客。

やがて不気味さを残したまま、静かに曲は終わりを告げる。

ホールに静けさが戻り、ゴクリと生唾を飲んでから、観客は一斉に手を叩く。

芽衣はハッとして、思わずまた聖のジャケットの裾を掴んだ。

「おい、離せ。挨拶出来ないだろ」
「だって、怖くって」
「はあ?まだ言うか。どこにいるってんだよ、ガイコ……」
「いやー!言わないで!」

まったくもう、と聖は大きく息を吐く。

「ほら、立て。お客様を待たせるんじゃない」

聖は芽衣の手を取って立たせると、そのままステージの前方に歩み出た。

拍手がより一層大きくなる。

二人で深々とお辞儀をし、時間をかけてゆっくりと顔を上げる。

客席を見渡して笑顔で応えたあと、聖は芽衣の手を引っ張って袖に引き揚げた。
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