Bravissima!ブラヴィッシマ
「お前な、前代未聞だぞ!本番中に話しかけてきて服引っぱるとか、信じられん!」
「そんなこと言われたって、怖いんだから仕方ないでしょ?私だって澄ました顔で最後まで演奏したかったですよ」
「じゃあ我慢して澄ました顔してりゃよかっただろ?」
「出来ないから仕方なく呼んだんじゃないですか」
「仮にも演奏者だぞ?聞いたことないわ、怖くて弾けない!とか。それでもピアニストか?」
「私がこんなふうになっちゃったのは、如月さんのせいですよね?!」

ワーワー言い合う聖と芽衣を、公平が間に入って止める。

「あーもう!本番後に舞台袖でけんかするのだって前代未聞だ。ほら、アンコール行って来い!」

鳴り止まない拍手に、公平が聖と芽衣の背中を強引に押した。

笑顔を貼りつけて二人はステージに戻る。

拍手が大きくなり、聖は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

楽器を構えると、すぐさま観客は拍手をやめ、静けさが広がる。

「ねえ、如月さん」

芽衣がささやくと、聖はギロリと芽衣を睨んだ。

「なんだよ?!また話しかけるとか、信じられん!楽器構えてんだぞ?」
「だって、アンコール何やるか、決めてなかったですもん」
「あ……」

聖は真顔に戻る。

そうだ。
人気投票でどの曲が選ばれるか分からなかった為、アンコール曲が決められなかったのだった。

「ええい、じゃあ《チャルダッシュ》!超高速のな」
「分かりました。いきます」

芽衣は力強く冒頭の和音を鳴らす。

低い音をたっぷり溜めてから、一気に駆け上がった。

聖が空気を切り裂くような低音を響かせ、妖艶に歌い出す。

大人の余裕、男の色気。
ガラリと変わった雰囲気に、芽衣は思わず酔いしれる。

(色気かあ、どこから来るんだろう?)

そんなことを考えられたのは序盤だけ。

中盤、一気にテンポを上げると、芽衣は聖の動きを凝視して指を走らせる。

一瞬でも気を緩める訳にはいかない。

一旦テンポが落ち着き、フラジオレットの美しさにうっとりしたのも束の間、またしてもテンポが変わり、更に速度と熱量を増していく。

最後は二人で一気に駆け抜け、長くたっぷり音を伸ばしてから、息を揃えてザン!とラストの音を放った。

ワッと拍手が沸き起こる。

やり切った顔で聖が頭を下げ、観客は惜しみない拍手をいつまでも送っていた。
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