Bravissima!ブラヴィッシマ
イスラメイ
「えっと、初めまして。木村 芽衣と申します」

うつむいたまま小声でそう言うと、ペコリとお辞儀をする小柄な女の子。

聖は数秒固まったあと、公平に顔を向けた。

「おい、公平。何かの手違いだぞ」

確かにそう思いたくなるが、そうではない。

教授の言葉に半信半疑だった公平も、ようやく認めざるを得なかった。

「聖、手違いじゃない。彼女があのイスラメイを弾いていたんだ」

教授と電話で話した3日後。
やっと説得出来たよ、と教授から連絡があり、如月シンフォニーホールの練習室に現れたのは、やはり教授の言葉通り女の子だった。

「まさか。こんな華奢な身体であの音が出せる訳がない。それは俺より公平の方が分かるはずだろ?」
「確かに男の俺でもあんなダイナミックな演奏は出来ない。だけど佐賀先生は確かにおっしゃってた。あの演奏は女の子のものだって」

すると、あの……と戸惑ったような小さな声で女の子が口を開く。

「すみません、私なんかが来てしまって。佐賀先生にも何度も、私には無理ですとお断りしましたが、行かないなら単位はあげないとまで言われてしまいまして……。ですがやはりご迷惑ですよね。申し訳ありませんでした。先生には私からお話して、別の人を推薦してもらいますので。それでは失礼いたします」

そう言って深々と頭を下げると、女の子は逃げるようにドアへと向かう。

「わー、ちょっと待って!」

慌てて公平が行く手を塞いだ。

「ごめん、とにかく弾いてみてくれない?そうすれば一目瞭然だから」
「え、でも……」

女の子が恐る恐る聖に目を向けると、公平も聖に向き直った。

「いいよな?聖。演奏が何よりの証明になる。あの音源が、果たしてこの子の演奏だったのかどうか」

そうだな、と呟いてから聖は顔を上げた。

「弾いてみてくれ。俺も自分の目と耳で確かめたい」

聖に真っ直ぐに見つめられ、女の子は頬を赤らめる。

「えっと、はい。ではあの、もういいと思ったらすぐに止めてください」
「分かった」

公平が練習室の中央にあるグランドピアノに促すと、女の子は椅子の高さを調整して座る。

「少し手慣らしする?」

公平の言葉に女の子は首を振る。

「いえ、お時間を取らせるのは申し訳ありませんから」
「でもいきなり弾いて大丈夫なの?」
「はい。ここに来るまで大学で弾いていましたし。えっと、《イスラメイ》ですよね?頭からでよろしいでしょうか?」
「うん。お願いします」
「はい」

公平と聖が少し離れた席に着くと、女の子は立ち上がってお辞儀をしてから再び椅子に座った。

大きく深呼吸すると、両手を鍵盤に載せる。

スッとブレスを取った次の瞬間、空気が一変した。
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