Bravissima!ブラヴィッシマ
「芽衣」
「なあに?」

夜になり、公平と弥生が2階の部屋に引き揚げると、聖は芽衣とリビングで曲を合わせていた。

気の向くままに好きな曲を楽しむと、聖はヴァイオリンを置いて芽衣とソファに並んで座る。

「今年は如月フィルの活動が活発になるんだ。地方公演も増えると思う」
「そうなのね。それは楽しみだね」
「うん。それでさ、地方公演には芽衣も一緒においで」
「え?どうして?」
「だって、夜に芽衣を一人には出来ないから」

どういうこと?と首をひねり、あ!と思い当たる。

「もしかして、ガイコツ?!」

そう言うと芽衣は、途端にキョロキョロと辺りを見渡した。

「あー、思い出しちゃった。1年前にここでサン=サーンス弾いたこと」
「今はまだ0時じゃないから大丈夫。でもほら、やっぱり怖いだろ?だから俺が地方に泊まる時は一緒においで」
「そんな。ずっとついて回るなんて、オケの皆さんにご迷惑だよ。大丈夫、私子どもじゃないもん。ちゃんと一人でお留守番出来るから」
「ほんとに?」
「う、うん。でも、あの。怖くなったら電話してもいい?」

上目遣いで控えめに聞いてくる芽衣に、聖はクスッと笑う。

「いいよ、いつでも電話しておいで。それでも怖くなったら、俺、タクシー飛ばしてすぐに帰って来るから」
「ええー?!そんなことまでしなくていいよ。地方からなんて、何時間もかかるでしょ?」
「芽衣の為ならどうってことないよ」
「でも私、待ってる間に寝ちゃうかも」

ガクッと聖は、それこそガイコツのようにうなだれた。

「なんか俺、一人で空回りしてる気がする。芽衣はずいぶん余裕なんだな」
「そんなことないよ。やっぱりガイコツは怖いもん」
「その話じゃないってーの!」
「ん?じゃあ、どの話?」

すると聖はガバッと芽衣に抱きつき、そのままソファに押し倒した。

わっ!と驚いて声を上げた芽衣は、聖に真上から見下されて息を呑む。

聖の前髪がサラリと芽衣の額に触れ、少しでも動けば唇まで重なりそうだった。

「芽衣。俺、芽衣のこと好き過ぎてつらい。芽衣が可愛くて、優しく守ってやりたいのに、そう思う反面強く抱きしめて、全部奪いたくなる」
「聖さん……」

芽衣はそっと手を伸ばし、聖の前髪を優しくかき分ける。

そのまま聖の顔に手を添えて、チュッと額にキスをした。

聖は驚いて目を見開くと、クッと気持ちを堪えるように顔を歪める。

「芽衣……」

名前を呼ぶ声がかすれる。
心臓の鼓動が、自分の耳に直接聞こえそうなほどドキドキと高鳴った。

「俺のこと、怖がらないでくれる?」

芽衣はじっと聖を見つめてから、小さく頷く。

「怖くなる訳がない。聖さんのこと、大好きだから」
「芽衣……」

聖は切なげに呟いてから、芽衣の身体を抱き上げた。

そのまま寝室へと向かい、そっと芽衣をベッドに横たえる。

「芽衣。可愛くて優しくて、俺にたくさんの幸せをくれるかけがえのない人。芽衣に俺の気持ちを全部ぶつけたい。俺がどんなに芽衣を好きか、その身体に刻みつけたい。俺の全てを、受け止めてくれる?」
「聖さん……。いつも私を優しく守ってくれてありがとう。私も聖さんのことが大好き。聖さんに髪をなでてもらうと、すごく幸せな気持ちになるの。だから……、もっと触れて欲しい。私の全てに」
「芽衣……」

聖は目を潤ませて芽衣を抱きしめ、耳元でささやいた。

「ありがとう、芽衣。大切に大切に触れるから。芽衣が一生、大事に心の中にしまっておけるように」
「うん」

見つめ合って微笑むと、聖は優しく芽衣にキスをする。

唇に、頬に、額に、まぶたに
耳元に、首筋に
綺麗な鎖骨に、真っ白な胸元に

指と指を絡ませると、聖は芽衣の美しく長い指の1本1本にも口づけた。

大切に愛を込めて……

芽衣はそんな聖の温もりと愛情を肌で感じ、身体の奥深くから幸せが込み上げてきた。

この日を忘れない。
ずっとずっと、大切に心の中にしまっておこう。

互いに触れ合った身体の温もり
通じ合った心と心
与え合った愛情と幸せを

いつまでも、ずっと……

二人は同じ想いを噛みしめながら、一晩中互いを抱きしめ合っていた。
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