Bravissima!ブラヴィッシマ
二人でホールに向かいながら、公平が芽衣に公演のチラシを渡す。

「今日のリハはこれなんだ」
「わあ、映画音楽?素敵ですね」
「ああ。休日の午後のコンサートだから、家族連れや若い人達にも聴きやすい選曲にしたんだ」
「どれも有名な曲ですね。私もこの日、聴きに行きます。チケットまだ販売してますか?」
「それがあっという間に完売。君と聖の動画のおかげでね」

ええー?!と芽衣は眉をハの字に下げる。

「残念……」
「あはは!君の演奏が良かったばかりにね」
「いえ、如月さんの演奏のおかげです。完売、おめでとうございます」
「ありがとう。リハ、じっくり聴いていってね」
「はい!」

ホールの重い扉を開けると、ちょうどチューニングをしているところだった。

聖が立ち上がり、オーボエからA(アー)の音をもらって弦楽器に音程を伝えている。

公平は舞台から少し離れた列の中央に、芽衣と並んで座った。

「じゃあ、曲順でいってみよう」

マエストロが指揮棒を構えると、団員全員が一気に集中するのが分かった。

パーン!と華やかな音で曲が始まる。

(わあ、スターウォーズ!)

金管楽器の突き抜けるような明るい音と、弦楽器のキラキラと輝くような音色に、芽衣のボルテージは一瞬で上がった。

思わず口元に手をやって身を乗り出す。

子どものようにワクワクした様子の芽衣に、公平は思わずクスッと笑みをもらした。

《ミッション・インポッシブル》
《パイレーツ・オブ・カリビアン》

かっこ良さ全開の曲のあとには
《風と共に去りぬ》
《ひまわり》
《シェルブールの雨傘》
《ニューシネマ・パラダイス》
など、しっとりとしたナンバーで聴かせる。

次はどんな曲だろうと芽衣が舞台を見つめる中、聖がおもむろに立ち上がり、マエストロとアイコンタクトを取った。

聴こえてきたオーケストラの前奏に、芽衣はハッと息を呑む。

《シンドラーのリスト》

そのソロを、聖が弾くーー

そう分かった途端、芽衣は思わずギュッと拳を握りしめ、一音も聴き逃すまいと目を凝らした。

ゆっくりと楽器を構えた聖が、スッと弓を弾いた瞬間、芽衣は心臓を鷲掴みされたような気がした。

悲しく、切なく、やるせなく、そして美しい。

聖の音は芽衣の心に様々な感情を呼び起こし、胸を震わせ、迫りくる。

もはや堪え切れなくなった芽衣の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

その涙を拭うこともせず、芽衣はただひたすら聖の音を胸一杯に感じて唇を噛みしめる。

頭の中に言葉は何も出て来ない。
ただ感情がうねるように込み上げてきて全身が震え、胸がはち切れそうになる。

やがて聖の音は、天に登るかのように美しく高く響いて空気に溶け込んだ。

ふっ、と静寂が戻ってくると、芽衣は目を潤ませたまま立ち上がり、大きな拍手を送る。

だが、自分一人だけの拍手の音に、しまった!と我に返り、慌てて手を止めた。

舞台上の団員達の視線を一斉に浴びて、芽衣は勢い良く頭を下げる。

「あの、大変失礼いたしました」

大事なリハーサルの流れを止めてしまったと青ざめていると、聖が頬を緩めて芽衣に微笑むのが分かった。

(え……)

視線がぶつかって戸惑う芽衣に、聖は優雅にお辞儀をする。

そして顔を上げると、穏やかな表情で芽衣に小さく頷いてみせた。
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