Bravissima!ブラヴィッシマ
いつまでも好きでいて
次の合わせの日。
芽衣はいつにも増して緊張の面持ちでやって来た。
「よろしくお願いします」
公平はそんな芽衣を笑顔で出迎える。
「うん、こちらこそよろしく。今日はね、ポピュラーで聴きやすい曲を何曲か撮影したいんだ。まずは《リベルタンゴ》からいい?」
そう言って公平が芽衣と聖に楽譜を配ると、二人は早速ポジションについた。
チューニングを終えると聖が気合いを入れる。
「よし、いつも通り1発でキメるぞ」
「はい。あ、テンポはどうしましょうか?」
「取り敢えずいってみて。イスラに任せる」
「分かりました。木村です」
芽衣は一つ息を吸い込むと、即興で華やかな音色を奏でたあと、少し間を置いて有名なメロディを弾き始める。
(お?かっ飛ばしてんなー)
かなりのアップテンポに、思わず聖は目を見開く。
(面白い。やってやろうじゃないの)
ニヤリと笑ってヴァイオリンを構えると、芽衣が刻むリズムに乗って歯切れ良く攻めたメロディを奏で始めた。
一瞬の隙も見せない、せめぎ合う二人の演奏。
互いに刺激し合い、挑むように鋭さを増していく。
アクセントや音の切り方、強弱やグルーヴ。
それらがピタリとハマる快感。
とにかく、気持ちいい。
やがてユニゾンで最後のフレーズを弾くと、二人はザン!と音を放ってフィニッシュを決めた。
「はあー、たまんねえなー」
聖が酔いしれたように呟く。
「他にもやろうぜ。公平、なんかあるか?」
「んー、じゃあピアソラ続きで《鮫》はどうだ?」
「エスクアロか、いいな。じゃあこれで」
そして聖は芽衣を振り返った。
「イスラもいいか?」
「はい、木村です」
「そう言えば『イスラ』もスペイン語だよな?」
「そうですね、私は木村ですけど」
「確か、島って意味だったっけ?」
「イスラは島で、私は木村です」
「よし、じゃあ早速やるぞ」
話は噛み合わないが、演奏は息ぴったりだ。
この二人は、言葉で会話するよりも楽器で演奏した方が意思疎通が上手くいく、と公平は苦笑いしながら分析していた。
もう1曲、モンティの《チャルダッシュ》も演奏してこの日の撮影は終わった。
「そうだ、芽衣ちゃん。よかったらこれ」
帰り支度をしていた芽衣に、公平がチケットを差し出す。
「え?これって……。如月フィルのコンサートのチケットですか?」
「うん。この間見学したリハの本番。もし予定が空いてれば聴きに来て」
「ええー?!よろしいのでしょうか?だって、チケットは完売だって……」
「一般席はね。でも関係者のご招待チケットはまだ余ってたんだ」
ひえっ!と芽衣は身体を強張らせた。
「そ、そんな!私なんかがこんなチケットをいただく訳には」
「あ、禁句だって言わなかった?私なんかってセリフ」
「えっと、でも」
「でもも禁句!行きたいの?行きたくないの?どっち?」
「行きたいです!」
勢い良く顔を上げる芽衣に、公平は嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、じゃあ待ってる」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げた芽衣は、聖にも声をかける。
「如月さんも、ありがとうございます。謹んで伺います。当日楽しみにしております」
「ああ。それじゃ」
聖がヴァイオリンケースを肩に掛けて練習室を出て行くと、芽衣は嬉しそうに公平に笑いかけた。
「高瀬さん!本当にありがとうございます。私もう、ワクワクして待ち切れません」
「ふふっ、それなら最初から素直にそう言えばいいのに」
ポツリと呟いた公平の言葉は聞こえなかったらしい。
芽衣は、ん?と首を傾げている。
「いや、喜んでもらえて良かった。それじゃあ当日、会場でね」
「はい!ありがとうございました」
芽衣はチケットを胸に抱えて満面の笑みを浮かべていた。
芽衣はいつにも増して緊張の面持ちでやって来た。
「よろしくお願いします」
公平はそんな芽衣を笑顔で出迎える。
「うん、こちらこそよろしく。今日はね、ポピュラーで聴きやすい曲を何曲か撮影したいんだ。まずは《リベルタンゴ》からいい?」
そう言って公平が芽衣と聖に楽譜を配ると、二人は早速ポジションについた。
チューニングを終えると聖が気合いを入れる。
「よし、いつも通り1発でキメるぞ」
「はい。あ、テンポはどうしましょうか?」
「取り敢えずいってみて。イスラに任せる」
「分かりました。木村です」
芽衣は一つ息を吸い込むと、即興で華やかな音色を奏でたあと、少し間を置いて有名なメロディを弾き始める。
(お?かっ飛ばしてんなー)
かなりのアップテンポに、思わず聖は目を見開く。
(面白い。やってやろうじゃないの)
ニヤリと笑ってヴァイオリンを構えると、芽衣が刻むリズムに乗って歯切れ良く攻めたメロディを奏で始めた。
一瞬の隙も見せない、せめぎ合う二人の演奏。
互いに刺激し合い、挑むように鋭さを増していく。
アクセントや音の切り方、強弱やグルーヴ。
それらがピタリとハマる快感。
とにかく、気持ちいい。
やがてユニゾンで最後のフレーズを弾くと、二人はザン!と音を放ってフィニッシュを決めた。
「はあー、たまんねえなー」
聖が酔いしれたように呟く。
「他にもやろうぜ。公平、なんかあるか?」
「んー、じゃあピアソラ続きで《鮫》はどうだ?」
「エスクアロか、いいな。じゃあこれで」
そして聖は芽衣を振り返った。
「イスラもいいか?」
「はい、木村です」
「そう言えば『イスラ』もスペイン語だよな?」
「そうですね、私は木村ですけど」
「確か、島って意味だったっけ?」
「イスラは島で、私は木村です」
「よし、じゃあ早速やるぞ」
話は噛み合わないが、演奏は息ぴったりだ。
この二人は、言葉で会話するよりも楽器で演奏した方が意思疎通が上手くいく、と公平は苦笑いしながら分析していた。
もう1曲、モンティの《チャルダッシュ》も演奏してこの日の撮影は終わった。
「そうだ、芽衣ちゃん。よかったらこれ」
帰り支度をしていた芽衣に、公平がチケットを差し出す。
「え?これって……。如月フィルのコンサートのチケットですか?」
「うん。この間見学したリハの本番。もし予定が空いてれば聴きに来て」
「ええー?!よろしいのでしょうか?だって、チケットは完売だって……」
「一般席はね。でも関係者のご招待チケットはまだ余ってたんだ」
ひえっ!と芽衣は身体を強張らせた。
「そ、そんな!私なんかがこんなチケットをいただく訳には」
「あ、禁句だって言わなかった?私なんかってセリフ」
「えっと、でも」
「でもも禁句!行きたいの?行きたくないの?どっち?」
「行きたいです!」
勢い良く顔を上げる芽衣に、公平は嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、じゃあ待ってる」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げた芽衣は、聖にも声をかける。
「如月さんも、ありがとうございます。謹んで伺います。当日楽しみにしております」
「ああ。それじゃ」
聖がヴァイオリンケースを肩に掛けて練習室を出て行くと、芽衣は嬉しそうに公平に笑いかけた。
「高瀬さん!本当にありがとうございます。私もう、ワクワクして待ち切れません」
「ふふっ、それなら最初から素直にそう言えばいいのに」
ポツリと呟いた公平の言葉は聞こえなかったらしい。
芽衣は、ん?と首を傾げている。
「いや、喜んでもらえて良かった。それじゃあ当日、会場でね」
「はい!ありがとうございました」
芽衣はチケットを胸に抱えて満面の笑みを浮かべていた。