Bravissima!ブラヴィッシマ
リハーサルを見たのだから、そこまで感動しないはず。

そう思っていた。

だがそんな考えはすぐに吹き飛んだ。

芽衣は目を見開いたまま音の世界にいざなわれ、酔いしれる。

どこまでも続く煌びやかで美しい音楽に心を奪われ、言葉を失う。

なんて心地いいのだろう。
音楽とは、どうしてここまで人を感動させられるのだろう。

幸せな時間に芽衣はうっとりと夢見心地になる。

次々と奏でられる魅惑のメロディー。
珠玉の名曲に観客は惜しみない拍手を送る。

やがて聖がおもむろに立ち上がった。

芽衣はハッとして思わずゴクリと喉を鳴らす。

《シンドラーのリスト》

あの曲がまた聴けるのだ。
聖のあのヴァイオリンで。

そう思っただけで芽衣は早くも胸がドキドキし始めた。

ステージ上の聖の方が、自分よりもはるかに落ち着いて見える。

けれどそれは、プロの集中力のなせる業なのだろう。

研ぎ澄まされたオーラが、客席にいても伝わってきた。

知らず知らずのうちに芽衣は両手を組んで、祈るように聖を見つめる。

じっと一点を見据えて気持ちを整えてから、聖は指揮者に小さく頷いた。

指揮棒が上がり、オーケストラが序奏を奏でる。

聖は目を閉じてその音楽を感じ取り、ゆったりと楽器を構えた。

そこから先の芽衣の記憶は定かではない。

一瞬も目をそらさず、一音も聴き逃しはしなかった。

それなのに自分がどう思ったかは、言葉では思い出せない。

心に直に響く聖の音色は魂を揺さぶり、胸を切なく締めつける。

とめどなく涙が溢れ、聖の姿が滲んで見えた。

夢の中に消えていくような気がして、芽衣は必死に目を凝らす。

遠ざかる聖を、行かないで!と繋ぎとめるかのように……

最後の音が空気に溶け込んで消えると、芽衣は顔を伏せて嗚咽をもらした。

客席からひときわ大きな拍手が沸き起こる。

自分もありったけの気持ちを込めて、聖に称賛の拍手を送りたい。

けれどそれは叶わなかった。

両手で顔を覆って、声を押し殺すのに必死だったから。

「イスラメイちゃん?大丈夫かい?」

隣から心配そうな理事長の声がする。

芽衣は何度も頷いてみせるが、口を開こうとすれば嗚咽がもれるだけだった。

「落ち着いて、ゆっくり息を吸って」

肩を震わせてしゃくり上げる芽衣の背中を、理事長が優しくさする。

「す、すみません。あの、大丈夫、ですから、本当に」

うう……っ、と唇を噛みしめる芽衣に、理事長は困ったように笑った。

「やれやれ、可愛いお嬢さんをこんなにも泣かせるなんて。罪な男だな、聖は」
「理事長、本当に、ううっ、もう大丈夫です。ありがとう、ございます。うぐ……」

鳴り止まない拍手の中、聖は客席を見渡し、深々とお辞儀をする。

ようやく顔を上げた芽衣も、大きな拍手を送った。

するとゆっくりと視線を移していた聖が、ふと芽衣を見つけて動きを止める。

しばらく視線を合わせたあと、聖は芽衣に優しく微笑み、右手を胸に当てて頭を下げた。

その姿に、芽衣の胸はドキッと跳ねる。

顔を上げた聖はもう一度芽衣を見つめて、優しく頷いた。
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