Bravissima!ブラヴィッシマ
「おー、聖!今日の演奏も良かったぞー」

コンサート終演後、理事長は有無を言わさず芽衣を連れて、聖の控え室を訪れた。

満面の笑みでハグをする理事長を、聖はうんざりしながら手で押し返す。

「理事長。もう俺いい歳なんだから、いい加減やめてくれ」
「何を言うか。お前はいつまでもわしの可愛い孫だ」
「ここ職場なんで、本当にやめろ。恥ずかしいったらないわ」

そう言って聖は、整えた髪を手でクシャッと崩した。

そして理事長の後ろにいる芽衣にようやく気づく。

「あれ?いたんだ、イスラメイ」
「そうなんだよ!」

なぜか理事長がズイッと前に出て、芽衣よりも先に口を開く。

「席が隣だったんだけど、イスラメイちゃん、お前のソロにいたく感激してな。もう涙ボロボロ」
「ああ、見えてた。リハで聴いたことあるのに、なんでまた泣けるんだ?今回もぶっさいくに目が腫れ上がってるな」

う……と芽衣はうつむき、両手で頬を押さえた。

「聖、女の子にそんな口きくんじゃない。だからお前はいつまで経っても結婚出来んのだぞ」
「別にー?する気がないからしないだけだ。あ、そう言えば花、ありがとな。イスラメイ」

急に話題が変わって芽衣は慌てて顔を上げる。

「いえ!そんな。心ばかりですが。男性にお花って、ご迷惑ではなかったですか?」
「迷惑?そんなこと思うように見えるか?俺」
「はい、少し」

正直に答えると、おい、と真顔で睨まれた。

「あ、その……。いつもたくさんもらっていらっしゃるでしょうから、持って帰るのも大変じゃないかと」
「それが案外もらわないんだよ、花。多分、俺のイメージに合わないんだろうな。だから素直に嬉しかった。綺麗だな、この花」

聖はテーブルに置かれていた花束を手に取った。

白と紫の色合いでまとめた花束には、『如月 聖 様へ 木村 芽衣』と書いたカードが添えてある。

聖は花に顔を寄せると、軽く目をつむってすうっと息を吸い込んだ。

「いい香りがする」

初めて見る聖の柔らかい表情に、芽衣はドキッとして思わず目をそらした。

顔が一気に赤くなるのが自分でも分かり、手の甲を当てて必死で冷ます。

その時、コンコンとノックの音がした。

「聖?俺だ」
「どうぞ」

入って来たのは公平だった。

「お疲れ、今日の演奏も良かったぞ。あ、理事長もいらしてたんですね。ん?芽衣ちゃんも?」

すると理事長がまたしても、芽衣が号泣したことを公平に話して聞かせる。

「あはは!芽衣ちゃん、また泣いたんだ。ほんとだ、目が真っ赤」
「すみません、お恥ずかしい。あ、高瀬さん。今日はお招きいただきありがとうございました。これ、よろしければ皆様でどうぞ」
「え?わざわざ手土産用意してくれたの?ありがとう。いただくよ」

公平は菓子折りの紙袋を受け取ると、芽衣ににっこり笑いかけた。

「ほら見なさい、聖。男はこういうふうに女の子に優しく接するもんだ。のう?公平」

理事長の言葉に聖は思い切り顔をしかめ、公平は苦笑いを浮かべる。

「理事長。聖が女の子に優しくしたら、片っ端から言い寄られて大変なことになります。今くらいでちょうどいいかと」
「そういうもんか?せめて好きな子には優しくするんだぞ?わしも老い先そう長くはない。早くひ孫を抱かせてくれ」

聖は大きくため息をつく。

「あと30年くらい、余裕で生きてそうだけどな」
「ばかもん!わしとて化け物ではないわ。いいか?聖。結婚が無理なら、せめて子どもを作ってくれ」
「おいおい。なんちゅうことを言うんだよ、このじいさんは」
「わしは大真面目だ。今どきは珍しくないのだろう?やっちゃった婚とか言って」
「それを言うならできちゃった婚だ」
「そうそれ。英語ではショットガン・ウェディング。昔の言葉ではやっちまった婚だ」

はあー?と呆れる聖を、まあまあと公平がなだめる。

「理事長、ひと言ご挨拶したいと色んなお客様が探しておいでです。そろそろホワイエの方へお願いします」
「ああ、分かった。イスラメイちゃんも、このあとのパーティー参加してくれよ?」

そう芽衣に念を押してから、理事長は控え室をあとにした。
< 27 / 145 >

この作品をシェア

pagetop