Bravissima!ブラヴィッシマ
「はあー、やれやれ。やっとうるさいのがいなくなった」

聖はドサッとソファに身を投げる。

「聖、くれぐれもパーティー、バックレんなよ?」
「ギクッ、なんで分かった?」
「当たり前だ。何年一緒にいると思ってる?お前がそそくさと帰らないように、監視しに来たんだ。あーあ、せっかく俺がキメてやった髪型、崩したな。せめてタキシードは着替えるなよ?」

仏頂面でそっぽを向く聖に釘を刺すと、公平は芽衣を振り返った。

「芽衣ちゃん、今日は見違えたよ。よく似合ってる、そのワンピース」
「えっ、そんな。ありがとうございます」

今日の芽衣は、赤くなりっぱなしだ。

「じゃあ、そろそろホワイエに行こうか。ほら、聖も行くぞ」
「分かったよ」

渋々立ち上がった聖のタイを整えてから、公平はドアへと向かう。

「どうぞ、芽衣ちゃん」
「ありがとうございます」

公平にスマートに促されて、芽衣は2階のホワイエに案内された。

壁一面大きなガラス張りになっており、日が暮れ始めた街のイルミネーションや、遠くに海も見渡せる。

「わあ、素敵ですね」
「うん。夜のコンサートはこの夜景のおかげで雰囲気もグッと良くなるんだ。芽衣ちゃんも、次回は夜に聴きに来て」
「はい、必ず伺います」

公平はバーカウンターで飲み物をオーダーしようとして、二人を振り返った。

「聖はシャンパンでいいよな。芽衣ちゃんは?」
「あ、私はノンアルコールでお願いします」
「お酒、強くないの?」
「どうでしょう?そもそも飲んだことなくて」

ええー?!と隣にいた聖が驚いた声を上げる。

「え、お前、未成年だっけ?」
「いえ、22です。でもお酒を飲んだら、そのあとピアノの練習が出来なくなりそうで……」
「それで今まで飲んでこなかったのか?まさかこの先もずっと飲まないつもりか?」
「えっと、そうですね。おそらく飲む機会はないと思います」

呆れたように聖が何かを言おうとするのを、公平がシャンパングラスを差し出して止める。

「ほら、聖。芽衣ちゃんにはこれ。ノンアルコールのカクテル」
「ありがとうございます。綺麗な色ですね」

そうこうしているうちにケータリングの料理が並べられ、理事長がマイクを握って話し始めた。

「えー、皆様。本日はようこそお越しくださいました。演奏はお楽しみいただけましたでしょうか?」

皆は大きな拍手で答える。

「ありがとうございます。では堅い挨拶は抜きにして、今夜は楽しく音楽を語り合いましょう。乾杯!」

乾杯!とあちこちで声が上がった。

おしゃべりを始めたゲスト達は、グラスを片手にお目当ての人のもとへと挨拶に行く。

聖もあっという間に色んな人に取り囲まれた。

公平がさり気なく声をかけて、聖が順番にゲストと会話出来るように仕切っている。

テレビで見かける音楽評論家、世界的指揮者、音楽雑誌のライター、有名なピアニストやヴァイオリニスト。

そうそうたる顔ぶれに、芽衣は気後れしてその場を離れた。

すると「芽衣ちゃん!」と公平に呼び止められる。

「はい、なんでしょうか」
「うちの館長が挨拶させて欲しいって」
「ええ?私にですか?」
「うん、とにかく来てくれる?」

公平は芽衣の肩をそっと抱くと、「失礼」と人波を縫って歩いて行く。

「石田館長。彼女が木村 芽衣さんです」

恰幅の良い50代くらいの男性が振り返り、笑顔を浮かべた。

「これはこれは。初めまして、如月シンフォニーホール館長の石田です」
「初めまして、木村 芽衣と申します。本日はこのような素晴らしいコンサートとパーティーにお招きいただき、誠にありがとうございます」
「こちらこそ。あなたのおかげで如月フィルは今大きく話題になっています。今日の来場者アンケートをざっと見てみましたが、あなたと聖コンマスの動画がきっかけで初めて聴きに来ました、という方が非常に多い。今日はマスコミの取材も入っているし、ますます注目されるでしょう。本当にありがとうございます」
「とんでもない!身に余る機会をいただき、恐縮するばかりです。微力ながら、精一杯努めさせていただきます」
「ええ、これからもどんどん演奏してくださいね。そうだ!聖コンマスとあなたとで、ランチタイムコンサートを開いてみませんか?お客様に生の演奏を聴いていただきたい」

ええー?!と芽衣は、後ずさる。

「む、無理です!そんな、私なんかが、とんでもない」

懸命に手と頭をブルブル振って否定するが、館長は、いいことを思いついたとばかりに早速何やら考え始めた。

「あの動画を観た人なら、チケットに飛びつくでしょうね。うん。動画でもあんなに感動するんだから、生演奏なら推して知るべし。ぜひ実現させたい。高瀬くん、今動画は何本くらい上げてるの?」
「20本ほどです」
「それなら充分レパートリーはある。早速企画しよう。理事長と聖コンマスに話をしに行くぞ」

公平にそう言って、いそいそとその場を去ろうとする館長を、芽衣は必死で止めた。

「あの、館長!そのお話は、本当に私には無理で……」
「どうしてだい?君にとっても良い機会だと思うよ。まだ音大生なんだよね?知名度が上がるとこの先も音楽家としての道が開ける。違うかい?」
「それはもちろんおっしゃる通りですが、私には荷が重すぎます」
「そんな弱気でどうするんだい?あっという間に別の人にチャンスを横取りされてしまうよ?」
「はい。ですが、余りにも実力不足で……」
「何言ってるの。聖コンマスが君を伴奏ピアニストに選んだんだし、何より視聴者が既に君の演奏を認めている。自信を持っていいよ。練習室でカメラを前に演奏するより、ホールでたくさんのお客様に聴いてもらった方が君も嬉しいだろう?」

そこまで言われては何も言い返せない。

はい、と小さく返事をすると、館長は「じゃあ、頼むね」と芽衣の肩をポンと叩いてから、その場を去って行った。
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