Bravissima!ブラヴィッシマ
「は?なに、動画撮影って」

ホールの練習室で曲をさらっていた聖は、楽器を下ろして公平を振り返る。

「だからさ、お前の演奏を如月フィルの公式動画サイトにアップするんだ」

公平の言葉に、聖はますます眉根を寄せた。

「俺の演奏?それって、ソロでってことか?」
「ああ。今月からお前がコンマスに就任したことを、ちょうど公式ホームページでお知らせしたところだ。SNSでは、お前の見た目がかっこいいって理由で女性ファンが色めき立っている。この機会に、その路線で更に話題性を高めておこうと思ってな」
「はー?!なんだよ、それ。俺の演奏だけ載せて何になるんだ?如月フィルの公式動画サイトなら、如月フィルの演奏じゃなきゃおかしいだろ?」

聖の言葉に、公平は意外そうに腕を組んで斜めに構えた。

「へえー。チャラいお前にしては、妙に真面目なこと言うな。どうしたんだ?」

何をー?!と聖は憤慨する。

「ははは!すまん、ついうっかり心の声が……。まあ、そうだよな。お前は基本的にはチャラいけど、音楽に関することは真面目だ。言いたいことも分かる。けどさ、如月フィルを売り込むには多少の戦略も必要だ。チケット買ってくださーい、なんて通り一遍な売り文句を叫んでいるだけではダメだ。時代の流れに乗って新たなPRの仕方も取り入れなければ、客足は遠のく。たとえどんなにいい演奏をしても、聴いてくれる人がいなければ如月フィルは成り立たない。違うか?」

聖は視線を落としたままじっと耳を傾けていた。

「ま、そんなに深く考えるなよ。如月フィルを身近に感じてもらって、コンサートにも気軽に足を運んでもらえたらって目的でさ。とにかくサラッと1本撮らせてくれないか?耳馴染みのある曲を何か」
「まあ、そうだな。公平の言うことはもっともだ。けど純粋なオーケストラファンにとっては、マイナスイメージになるんじゃないか?」
「なる訳がない」
「は?何を根拠に」
「お前の演奏を根拠に」

きっぱりと言い切る公平に驚いたように目を見開いてから、聖はやれやれとため息をつく。

「分かったよ、降参。で?何を弾けばいい?」

そう言って聖はヴァイオリンを構える。
公平は顎に手をやって考えた。

「無伴奏で何か……。そうだな、エルンストはどうだ?季節的に《夏の名残のバラによる変奏曲》とか」

途端に聖は構えたばかりのヴァイオリンを下ろし、モアイ像のような顔で公平を睨んだ。

「お前なあ……。サラッとエルンストを弾けなんて、どの口が言うんだ?」

公平は肩をすくめてとぼける。

「おや?俺の知ってる聖ならサラッと弾けるはずだけどなあ」

ムッとした表情を浮かべてから、聖は渋々ヴァイオリンを構え直した。

「1回だけだぞ」
「えっ、1発撮りでいいのか?」
「あんな曲、2回も3回も弾けるか。集中力がもたん。いくぞ」

慌てて公平はスマートフォンを操作して、録画を開始した。
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