Bravissima!ブラヴィッシマ
悩む心に寄り添って
パーティーを終えて一人暮らしのマンションに帰って来た聖は、大量のプレゼントが入った紙袋とヴァイオリンケースを床に置き、ソファにドサッと座り込む。

(はあ、疲れた……)

演奏で疲れたのではない。
そのあとのパーティーで、次々と自分のもとにやって来るゲストの対応に疲れていた。

(公平のやつ、いつの間にかいなくなるし)

いつもなら挨拶を交わして少し会話をすれば、公平がさり気なく次の人へと橋渡しをしてくれ、無駄に話が伸びることもなくサクサクと挨拶を進められた。

だが今日は気づいた時には公平の姿が見えなくなり、そのおかげで誰と挨拶しても延々と話が続き、なかなか解放されなかった。

なんとか話を切り上げて急いで公平を探すと、ようやく人気のない通路のソファに座っているのを見つける。

声をかけようとして思わず言葉を失った。

公平は隣に座る芽衣に寄り添い、優しく頭を抱き寄せていたから。

(しかもあいつ、泣いてたよな?)

うつむいてポロポロと涙をこぼす芽衣を、公平は労わるようになぐさめていた。

(なんだよ、何があったんだ?あの二人、俺の知らないところでどうなってる?)

なぜだか腹が立ってくる。

公平が自分よりも芽衣のことを優先したから?
それとも……?

「あー、もう、くそっ!」

考えを断ち切るようにガシガシと頭を掻き、勢い良く立ち上がると、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して一気に半分ほど飲んだ。

ふう……と一息ついて、紙袋に目を落とす。

プレゼントの中に、芽衣から贈られた花束があったのを思い出した。

(花瓶、どこにしまったっけ?)

芽衣には、案外花はもらわないと言ったが、本当はそうでもなかった。

少ないながらもやはり演奏会の度に、聖への花束が控え室に届けられる。

聖はそれをいつも公平に渡していた。
練習室や事務局に飾ってくれと。

けれど今日の芽衣からの花束は、なぜか持ち帰ろうと思った。

ゴソゴソと棚の中を探ってようやく花瓶を見つけると、水を入れて早速花を生ける。

パチンとはさみで茎を斜めに切りながら、バランスよく生ける作業も実は好きだった。

(うん、なかなかの出来だ)

少し離れたところから眺めて満足気に頷く。

白いバラと紫のバラ、水色のブルースターに薄紫のデルフィニウムとトルコキキョウ。

みずみずしくピンと張りがある花びらが重なる様は美しく、聖はしばしじっくりと眺めていた。

自然界の美しさに触れると、自分の心の中に音楽が湧き上がってくる。

聖はヴァイオリンケースを開けて楽器を構えた。

エルンストの《夏の名残のバラによる変奏曲》を弾いてみる。

心が解放されて気持ちがいい。

しかし疲れ切った身体で、しかも酒に酔った状態で弾く曲ではなかった。

(ははっ、ボッロボロだな。けど楽しい)

聖はしばらくほろ酔いのまま、気ままに音を奏でて喜びに浸っていた。
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