Bravissima!ブラヴィッシマ
「公平、年内の撮影はこれで終了か?」

楽器をケースにしまいながら聖が尋ねる。

「いや、特に決めてないんだけど。もっとやりたい?」

公平は、聖と芽衣を交互に見た。

「んー、弾けるならジャンジャン弾きたい。俺さ、年末年始暇なんだよな。今年もジルベスターコンサートの夢が叶わなかったから」

うぐっと公平は言葉に詰まる。

今年こそ、如月フィルで大みそかの年越しコンサートを!と毎年意気込むが、未だ実現していない。

集客が見込めないのが最大の理由で、それは事務局の力が及ばないのも一因だった。

「聖、のんびりうちで年越し出来るのも今年が最後だ。来年からは毎年、ステージの上でカウントダウンだからな」
「はいはい。夢が叶うのを待ってますよ。まあそんな訳で、年末年始に本番がなくて身体がなまりそうだからさ、なんかやりたいと思って」

なるほど、と芽衣も納得する。

「私もです。大学が閉まってしまうので、思うように練習が出来なくて。腕が落ちてしまうのが心配です」
「実家のピアノは?」
「完全防音の部屋ではないので、夜は弾けないんです。昼間も本気で弾いたらうるさいから、軽く数時間だけって決められてて」
「ふうん。やっぱり数日だけでも弾けないと嫌だよな」
「はい。毎日の積み重ねが水の泡になってしまいそうで」
「じゃあさ、合宿する?」

突然の聖の言葉に、芽衣は目が点になる。

「は?合宿、ですか?」
「そう。ちょっと寒いけど長野にじいさんの別荘があるんだ。だだっ広いし、林の中だからどれだけでっかく弾いても近所迷惑にならない。部屋もたくさんあるし、置いてあるピアノもなかなかいいんだぜ?な、公平」
「ああ、確かに。俺もよく音大時代に使わせてもらったよ」

へえ、と芽衣は感心する。
そうやっていつも一緒に練習していたから、二人の演奏は素晴らしかったのだろう。

「今年は三人で合宿しないか?好きな曲を片っ端から合わせてみたい。いつもと違う場所で撮影するのも新鮮だし」
「わあ、楽しそう!」
「だろ?じゃ、決まりな」

あっさりと返されて、芽衣は途端に焦り出す。

「あの、本当に私なんかがそんな所にお邪魔してもよろしいのでしょうか?」
「当たり前だろ。お前以外に誰がいるんだ?」
「ですが、私なんか、プロでもないのに」

芽衣ちゃん、と公平が横から口を挟む。

「禁句、忘れちゃった?」
「あ……、いえ」
「じゃあ、行きたい?それとも行きたくない?」
「行きたいです!でも……、あっ、いえ」
「行きたいなら行こう。シンプルに考えてね」
「はい。よろしくお願いいたします」

よし、と聖も頷く。

早速公平は事務局のデスクに戻り、理事長に電話でお伺いを立てる。

『ほう、三人で合宿か。いいじゃないか、どんどん使いなさい。あの別荘のピアノも使わんと機嫌が悪くなる。《イスラメイ》で目を覚まさせてやれ。調律師を向かわせて万全な状態にしておいてやろう』
「ありがとうございます、理事長」

そうして12月27日から1週間、長野で合宿をすることに決まった。
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