Bravissima!ブラヴィッシマ
ひと通り荷物を整理すると、芽衣は楽譜のデータが入ったタブレットと紙の楽譜の両方を胸に抱えてリビングに戻る。

ドアを開けると、コーヒーの良い香りが広がっていた。

「芽衣ちゃん、ちょうど良かった。コーヒー持っていくね。座ってて」

公平がにっこり笑ってキッチンから声をかけてくる。

「ありがとうございます。高瀬さん、なんだかいい旦那様って感じですね」
「ええ?!俺、そんなふうに見える?」
「はい。休日に奥様に優しくコーヒーを淹れてくれる、素敵な旦那様のイメージです」
「えー、彼氏じゃなくて旦那様か。若々しさがないのかな」

あ!と芽衣は慌てて否定した。

「そうですよね。高瀬さん、まだお若いですから、旦那様は失礼ですよね。ごめんなさい」
「いや、いいよ。俺も早く家庭持ちたい方だからさ」
「そうなんですね。高瀬さんなら、きっと綺麗で優しい奥様と結婚されるんでしょうね」
「ははは、そうだといいけど。まずは彼女を作らないとな」
「え?高瀬さん、今は彼女いないんですか?」
「残念ながらそうなんだ。はい、コーヒーどうぞ」

大きな木のダイニングテーブルに、公平はコーヒーカップを置く。

「ありがとうございます。いい香り」

芽衣は公平と向かい合って座り、コーヒーを味わった。

「もう少ししたら昼食作るね。理事長が手配してくれて、冷蔵庫にたくさん食料品が入ってたんだ。あ、ピアノの調律も終わってるよ」
「えー!なんてありがたい。本当に恐縮です。帰ったら理事長にお礼に伺いますね。それにしても高瀬さん、お料理も出来るんですか?」
「うん、結構好きなんだ。休日はたいてい自炊してるよ」
「うわ、うちにも来て欲しい」

こっそり呟いたつもりが、聞こえてしまったらしい。

「あはは!いつでも呼んでよ。一人だと毎回作り過ぎちゃうからさ」
「そんなこと言われると、本当に呼んじゃいますよ?」
「どうぞどうぞ?」

ふふっと二人で顔を見合わせて笑う。

その時、ふいに2階からヴァイオリンの音が聴こえてきた。

「お、聖のやつ、早速弾き始めたか。当分下りて来ないだろうな。芽衣ちゃん、先に二人で昼食食べようか」

そう言って目を向けると、芽衣はじっと耳を澄ませてヴァイオリンの音色に聴き入っている。

「芽衣ちゃん?おーい、芽衣ちゃーん」

公平がひらひらと手を振ると、ようやく芽衣はハッと我に返った。

「ごめんなさい!えっと、どうかしましたか?」

公平はクスッと笑う。

「いや。芽衣ちゃんも早くピアノ弾きたいのかなーって」
「はい!いいでしょうか?」

早くも芽衣は、タブレットと楽譜を抱えて立ち上がる。

「どうぞ、お好きなだけ弾いて」
「ありがとうございます!」

満面の笑みで芽衣はいそいそとピアノに向かう。

「これは二人とも、昼ごはんは当分先だな」

カップを持ち上げながら、公平はポツリと独りごちた。
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