Bravissima!ブラヴィッシマ
嫉妬?
夕食のあとは、またそれぞれの時間を過ごす。

聖は2階の部屋でヴァイオリンを、芽衣はリビングでピアノを、そして公平も芽衣のピアノを聴きながらダイニングテーブルでパソコンを広げ、動画編集をしていた。

芽衣は基礎練習をもう一度したあと、ふと宙を見つめてから思いついたように曲を奏で始める。

ベートーヴェン作曲《ピアノ・ソナタ 第8番 悲愴》第2楽章

聴こえてきた美しい旋律に、公平は手を止めて耳を傾けた。

静かで穏やかで、切なくて温かい。
人の痛みに寄り添うような、優しい音色。

公平はじっと目を閉じて聴き入る。

なんと心地良く贅沢な時間だろう。

大きく息を吐いて身体中の力を抜き、ピアノの調べに身を任せた。

弾き終えた芽衣は、鍵盤に手を置いたまま天を仰ぐ。

たっぷりと余韻に浸ってから、公平はおもむろに拍手を送った。

驚いたように振り返った芽衣が、照れ笑いを浮かべてお辞儀をする。

「今の演奏、芽衣ちゃんらしさが詰まってた」
「え、そうですか?お恥ずかしい」
「心に染み入るようだったよ。ずっとずっと、いつまでも聴いていたくなった」
「ありがとうございます。ここでは思う存分、時間も気にせず弾いていられて幸せなんですが、もれなく高瀬さんに聴かれてしまうのがネックでして…… 」

真剣に困っている、といった芽衣の口調に、公平は思わず笑った。

「うん、もれなく聴き入っちゃう。ダメかな?」
「いえ、大丈夫です。どんどんダメ出ししてくださいね」
「ダメ出しなんてある訳ないよ。でもリクエストしたくなるな」
「えっと、色気は出せませんが、お応え出来る範囲でなら」
「いいの?じゃあ、そうだな。これお願い出来る?」

そう言って公平は立ち上がり、芽衣に楽譜を差し出した。

「バッハのドッペルコンチェルトですか?」
「ああ。これをピアノソロに編曲してみたんだ」
「えっ、高瀬さんが?すごい!」
「いや、それがあんまり自信なくて。音出してみてくれないかな?」
「はい!弾かせていただきます。ワクワク」
「あはは!心の声がもれてるよ」

芽衣はキラキラした表情で鍵盤に手を載せる。

バッハの《2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調》

有名なあのフレーズを自分の思うがままにピアノで弾けるなんてと、芽衣は興奮気味に音を奏でた。

「おー、さすがは芽衣ちゃん。美しいな」
「いいえ。高瀬さんのアレンジ、とっても素敵ですね」
「芽衣ちゃんが弾いてくれるから、なんか俺もこのアレンジに自信がついたよ」
「ふふっ、良かったです。ね、せっかくだから、何か一緒に連弾していただけませんか?」

ええー?と公平は途端に渋い顔になる。

「嫌だよ、芽衣ちゃんと連弾なんて。何の罰ゲームだよ?」
「そうおっしゃらずに。ゴリゴリのクラシックじゃなきゃいいでしょ?じゃあ、これは?」

芽衣は紙の楽譜の束から、アブレウの《ティコティコ》の譜面を取り出した。

「んー、まあこれなら」

公平は仕方なく頷いて芽衣の左隣に座った。
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