Bravissima!ブラヴィッシマ
パガニーニの後継者と目されたエルンストが作曲した《夏の名残のバラによる変奏曲》は、日本でも文部省唱歌として知られるアイルランド民謡《庭の千草》を元にした変奏曲で、超絶技巧が多く用いられている。

重音や左手ピチカートを駆使した序奏に始まり、テーマとなる《夏の名残のバラ》の旋律を美しく奏でたあと、様々なバリエーションが展開されていく。

アルペジオの中に旋律を組み込み、右手で弓のスタッカート、左手は跳躍。

更にはアルペジオを奏でながら左手ピチカートとフラジオレット。

フィナーレはフラジオレットの和音から始まり、ありとあらゆる技巧を駆使して華やかに終わる。

スマートフォンを構えたまま、公平は固唾を呑んで聖の演奏に釘付けになっていた。

ザン!とラストの音を響かせて、聖が大きく弓を宙に掲げる。

「……ブラヴィッシモ」

録画を止めてようやく呟くと、聖はニヤリと笑ってうやうやしくお辞儀をしてみせた。

「お前、この曲ずっと弾き続けてたんだな?」

でなければこうも見事に、しかも1発で弾きこなせる訳がない。

「まあね、衰えるのはあっという間だからな。1日弾かなければ3日分の練習量がパーになる」

公平は改めて聖のすごさを見せつけられた思いがした。

(やっぱりそうだ。聖はオケでコンマスをやっていても、常にソロでの演奏も忘れてはいない)

今回、聖のソロを動画撮影した目的はそこにもあった。

公平の目から見て、聖は間違いなくソリスト向きのヴァイオリニストだ。
音大に在学中、聖の伴奏をしていたからよく分かる。

だが如月フィルに入団して以降、聖はオケの一員としての演奏を心がけ、常に指揮者の指示に従い、周りと息を合わせることに徹していた。

(このままだといつか聖の不満が爆発する。自分の音楽を生き生きと解放する場がなければ)

公平は心の片隅にいつもそう考えていたのだった。

そして今、目の前で奏でられた聖の音楽。

久しぶりに聴く聖のソロは、まさに水を得た魚のように伸び伸びと歌っていた。

「はあ……、いいもん聴けたわ。しっかしお前がいとも鮮やかに美しく弾くもんだから、この曲が超絶技巧の曲だってことがまるで伝わってこない」
「へ?そんなクレーム知らんわ。俺のせいじゃない」
「うーん、せっかくの技術に注目してもらえないのはなあ。俺としては、どうだ!ってドヤ顔したい」
「お前がドヤ顔するのかよ?」

ははっ!と聖が軽く笑うが、公平はじっと考え込んでいた。

「よし。俺がテロップで解説を入れよう。それでもいいか?」
「どうぞー、ご自由に」

自分の役目は終わったとばかりに、聖は軽く弓を振る。

公平は早速事務局に戻り、撮ったばかりの動画の編集を始めた。
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