Bravissima!ブラヴィッシマ
特別な時間
翌日の12月29日。
朝食を食べて、皆で手分けして掃除や洗濯を済ませると、聖と芽衣はそれぞれ練習に打ち込む。
今日の動画撮影はなしで、昼食を食べると三人は車に乗り込み、聖の運転で出かけた。
「今日はどこに行くんですか?」
「んー、着いてからのお楽しみ」
芽衣が聞いても聖は教えてくれない。
大人しく窓の外を見ていると、やがて車は森に囲まれた大きなホテルに到着した。
「わあ、素敵なところですね。ひっそりと自然に囲まれて、なんだか別世界に来たみたい」
車を降りると芽衣は両手を胸に当てて大きく深呼吸した。
みずみずしく新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、笑顔を浮かべる。
「さむっ。早く行くぞ、イスラメイ」
「はい」
聖に続いて芽衣と公平もホテルのエントランスを入った。
広々としたロビーは敢えて内装をすっきりさせ、高いガラス窓から外の景色を存分に味わえるようになっている。
聖は慣れた足取りで、スタスタとロビーラウンジに向かった。
「ちょっと休憩しようぜ。ここのコーヒー、うまいんだよ」
「ここにはよくいらっしゃるんですか?」
「ん、別荘に来た時には必ず寄るな」
「そうなんですね」
そんなことを話しながらソファ席に案内され、コーヒーとチーズケーキをオーダーする。
「本当ですね。このコーヒー、とっても美味しいです。ケーキとの相性も抜群」
「だろ?」
「はい。それにホテルの雰囲気もいいですね。窓から緑が見渡せて落ち着きます」
芽衣のリラックスした表情を見て、いい気分転換になったようだと、聖は公平と頷き合った。
だがケーキを食べ終えるのを見計らったように、次々とホテルスタッフが聖のもとにやって来て、芽衣は驚く。
「聖様、本日はようこそお越しくださいました。ますますご活躍のようで、コンマスに就任されたとうかがいました。おめでとうございます」
年輩の、いかにもえらい立場の人、といった感じの男性が、うやうやしく聖に頭を下げた。
聖が礼を言って会話を終えると、また別の人がやって来る。
止まらない挨拶行列に、芽衣は目をしばたかせて「これは一体?」と公平に目で尋ねた。
公平は芽衣にふっと頬を緩めてから、優雅にコーヒーカップを口に運ぶ。
どうやら教えてはくれないらしい。
ようやく挨拶が落ち着くと、「じゃあ行こうか」と聖が立ち上がった。
会計もせずにスタッフに見送られてラウンジを出ると、ロビーの大きな階段を上がって2階に行く。
群青色の絨毯を踏みしめながら進むと、聖はガラスのドアを開けて芽衣を中へと促した。
「どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
足を踏み入れると、「いらっしゃいませ」と黒のスーツ姿の女性スタッフがにこやかに出迎えてくれる。
「聖様、皆様、お待ちしておりました。早速ご案内いたします。どうぞこちらへ」
スタッフのあとに続きながら、芽衣は何が何やら分からない。
「お嬢様はこちらへどうぞ」
「え、ええ?私ですか?」
「はい。女性用のスペースが奥にございますので」
取り敢えずついて行くと、通された隣の部屋には色とりどりのドレスがずらりと並んでいて、芽衣は思わず目を見開いた。
「お好みのドレスはございますか?」
「は?え?私が選ぶのでしょうか?」
「はい。聖様より、お嬢様の衣装を見繕うようにと仰せつかっております」
「ええ?一体なぜ?」
戸惑っていると、スタッフは芽衣とドレスを見比べて何着か手にする。
「お若くて可愛らしいので、淡い色合いのドレスはいかがでしょう?」
そう言って、ペールピンクや薄いブルー、クリームイエローのドレスを掲げてみせた。
「いえ、あの、私なんかがなぜこんな素敵なドレスを?」
「こちらのエメラルドグリーンも良さそうですね。少し落ち着いた色合いなので、聖様と並んでもお似合いかと」
「は、はい?」
事情が呑み込めずにいる芽衣を、スタッフは「とにかく一度お召しになってみてください」と試着室に案内した。
「ええー?もう、どういうことなの?」
ぶつぶつ言いながらドレスに着替える。
「わ、すっごく高級なドレス」
演奏会でドレスを着ることがあるが、自分が普段買っているドレスとの違いは一目瞭然だった。
生地がしっかりとしていて色合いも上品、流れるようなスカートのラインと胸元のデザインも美しく、着心地もいい。
「可愛い、素敵!こんなにも違うんだ。ピアノも弾きやすそう」
鏡の前で、芽衣はスカートをつまんで身体をひねってみた。
さらりと揺れる贅沢なボリュームのドレスにうっとりする。
「お嬢様、いかがでしょう?お手伝いいたしましょうか?」
「あ、大丈夫です。着られました」
「では失礼いたします」
そう言ってスタッフが外からカーテンを開けた。
「まあ!よくお似合いです。聖様にも見ていただきましょう」
「え!いやいやいや!ちょっとそれは」
逃げ腰になる芽衣の手を引いて、スタッフは聖と公平が待つ部屋に行く。
「いかがでしょう?お嬢様のドレス姿、とても素敵ではないでしょうか」
あのあの、ちょっと、とへっぴり腰の芽衣を、スタッフは聖と公平が座っているソファの前まで連れて来た。
「おおー、芽衣ちゃん!いいね、そのドレス。よく似合ってる。な?聖」
「じゃあそれで決まりな。俺達も選ぶぞ、公平」
は?え?何が?と目を白黒させる芽衣に構わず、聖と公平はさっさと別の部屋へと消えた。
朝食を食べて、皆で手分けして掃除や洗濯を済ませると、聖と芽衣はそれぞれ練習に打ち込む。
今日の動画撮影はなしで、昼食を食べると三人は車に乗り込み、聖の運転で出かけた。
「今日はどこに行くんですか?」
「んー、着いてからのお楽しみ」
芽衣が聞いても聖は教えてくれない。
大人しく窓の外を見ていると、やがて車は森に囲まれた大きなホテルに到着した。
「わあ、素敵なところですね。ひっそりと自然に囲まれて、なんだか別世界に来たみたい」
車を降りると芽衣は両手を胸に当てて大きく深呼吸した。
みずみずしく新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、笑顔を浮かべる。
「さむっ。早く行くぞ、イスラメイ」
「はい」
聖に続いて芽衣と公平もホテルのエントランスを入った。
広々としたロビーは敢えて内装をすっきりさせ、高いガラス窓から外の景色を存分に味わえるようになっている。
聖は慣れた足取りで、スタスタとロビーラウンジに向かった。
「ちょっと休憩しようぜ。ここのコーヒー、うまいんだよ」
「ここにはよくいらっしゃるんですか?」
「ん、別荘に来た時には必ず寄るな」
「そうなんですね」
そんなことを話しながらソファ席に案内され、コーヒーとチーズケーキをオーダーする。
「本当ですね。このコーヒー、とっても美味しいです。ケーキとの相性も抜群」
「だろ?」
「はい。それにホテルの雰囲気もいいですね。窓から緑が見渡せて落ち着きます」
芽衣のリラックスした表情を見て、いい気分転換になったようだと、聖は公平と頷き合った。
だがケーキを食べ終えるのを見計らったように、次々とホテルスタッフが聖のもとにやって来て、芽衣は驚く。
「聖様、本日はようこそお越しくださいました。ますますご活躍のようで、コンマスに就任されたとうかがいました。おめでとうございます」
年輩の、いかにもえらい立場の人、といった感じの男性が、うやうやしく聖に頭を下げた。
聖が礼を言って会話を終えると、また別の人がやって来る。
止まらない挨拶行列に、芽衣は目をしばたかせて「これは一体?」と公平に目で尋ねた。
公平は芽衣にふっと頬を緩めてから、優雅にコーヒーカップを口に運ぶ。
どうやら教えてはくれないらしい。
ようやく挨拶が落ち着くと、「じゃあ行こうか」と聖が立ち上がった。
会計もせずにスタッフに見送られてラウンジを出ると、ロビーの大きな階段を上がって2階に行く。
群青色の絨毯を踏みしめながら進むと、聖はガラスのドアを開けて芽衣を中へと促した。
「どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
足を踏み入れると、「いらっしゃいませ」と黒のスーツ姿の女性スタッフがにこやかに出迎えてくれる。
「聖様、皆様、お待ちしておりました。早速ご案内いたします。どうぞこちらへ」
スタッフのあとに続きながら、芽衣は何が何やら分からない。
「お嬢様はこちらへどうぞ」
「え、ええ?私ですか?」
「はい。女性用のスペースが奥にございますので」
取り敢えずついて行くと、通された隣の部屋には色とりどりのドレスがずらりと並んでいて、芽衣は思わず目を見開いた。
「お好みのドレスはございますか?」
「は?え?私が選ぶのでしょうか?」
「はい。聖様より、お嬢様の衣装を見繕うようにと仰せつかっております」
「ええ?一体なぜ?」
戸惑っていると、スタッフは芽衣とドレスを見比べて何着か手にする。
「お若くて可愛らしいので、淡い色合いのドレスはいかがでしょう?」
そう言って、ペールピンクや薄いブルー、クリームイエローのドレスを掲げてみせた。
「いえ、あの、私なんかがなぜこんな素敵なドレスを?」
「こちらのエメラルドグリーンも良さそうですね。少し落ち着いた色合いなので、聖様と並んでもお似合いかと」
「は、はい?」
事情が呑み込めずにいる芽衣を、スタッフは「とにかく一度お召しになってみてください」と試着室に案内した。
「ええー?もう、どういうことなの?」
ぶつぶつ言いながらドレスに着替える。
「わ、すっごく高級なドレス」
演奏会でドレスを着ることがあるが、自分が普段買っているドレスとの違いは一目瞭然だった。
生地がしっかりとしていて色合いも上品、流れるようなスカートのラインと胸元のデザインも美しく、着心地もいい。
「可愛い、素敵!こんなにも違うんだ。ピアノも弾きやすそう」
鏡の前で、芽衣はスカートをつまんで身体をひねってみた。
さらりと揺れる贅沢なボリュームのドレスにうっとりする。
「お嬢様、いかがでしょう?お手伝いいたしましょうか?」
「あ、大丈夫です。着られました」
「では失礼いたします」
そう言ってスタッフが外からカーテンを開けた。
「まあ!よくお似合いです。聖様にも見ていただきましょう」
「え!いやいやいや!ちょっとそれは」
逃げ腰になる芽衣の手を引いて、スタッフは聖と公平が待つ部屋に行く。
「いかがでしょう?お嬢様のドレス姿、とても素敵ではないでしょうか」
あのあの、ちょっと、とへっぴり腰の芽衣を、スタッフは聖と公平が座っているソファの前まで連れて来た。
「おおー、芽衣ちゃん!いいね、そのドレス。よく似合ってる。な?聖」
「じゃあそれで決まりな。俺達も選ぶぞ、公平」
は?え?何が?と目を白黒させる芽衣に構わず、聖と公平はさっさと別の部屋へと消えた。