Bravissima!ブラヴィッシマ
「えー、如月 聖くん。御年28歳は……」
「え?如月さん、28なんですか?」
「なんだよ。話の腰折るのか?」
「すみません!続きをどうぞ」
「うむ」

仕切り直して話を続ける。

「小さい頃からアイドル顔負けの可愛らしさに、将来結婚してと迫ってきた女子は軽くふたケタ」
「へえー、なんだかなあ」
「当の本人は野球に夢中で、将来はプロ野球選手になる!と夢見ていた」
「あら、夢やぶれて、ですね」
「おい、いちいち茶々入れんでいい」

はい、と芽衣は肩をすくめる。

「そんな聖少年は、5歳の時にじいさんに連れられて行ったコンサートで感銘を受けてヴァイオリンを始める」
「えっ、すごい!意外とまとも!」
「なんだよ、意外とって……。野球にも変わらず夢中で、指をケガしてヴァイオリンの先生に怒られたことも数知れず」
「いやー!指はダメー」
「無理やり出場させられた初めてのヴァイオリンコンクールで2位になり、負けず嫌いに火がついて、そこからはがむしゃらにヴァイオリン漬けの日々を送る」

え……と芽衣は顔を上げて聖を見た。

「コンクールで?」
「ん?ああ」
「じゃあ……、コンクールに出ていなければ、如月さんはヴァイオリンを続けていなかったかもしれないの?」
「そうかもな」

すると芽衣はうつむいて、じっと何かを考え始める。

「どうかしたか?」
「いえ、あの……。私は逆に、コンクールにさえ出ていなければって後悔していたので、ちょっと複雑な気がして」

そう言った切り、芽衣は顔を伏せて黙り込む。

聖は公平の言葉を思い出していた。

(そうか。コンクールがきっかけで舞台に立つのが怖くなったんだよな。その影響で、今でも本番では実力が出せない。でも、本当にコンクールさえなければ、それで良かったのか?そうとも言い切れないのでは)

コンクールに出ていなかったとしても、別の形でスランプはやって来たかもしれない。

きっかけはどうあれ、音楽をやっていれば誰しもがいつか何かのスランプに陥る。

そこを抜け出した人だけが、音楽家としてやっていけるのだ。

(今、この子が過去のトラウマから抜け出す方法は、コンクールを恨むことじゃない。前向きな演奏で乗り越えること。簡単ではなくても、必ず乗り越えて欲しい。これほどの才能の持ち主なんだから)

そう思い、聖は口を開く。

「あのさ」
「はい、なんですか?」
「うん。この先も、ずっと俺と一緒に演奏して欲しい」

え?と芽衣が顔を上げる。
聖はしっかりと視線を合わせた。

「これからも、一緒に音楽を作っていこう。俺達二人にしか出来ない音楽を。俺達ならすごい演奏が出来る。自分の限界を超えた演奏が」
「自分の、限界を超えた?」
「ああ、そうだ。どちらかがくじけそうになっても、支え合える。お前が倒れそうになったら俺が助け起こす。俺達ならそれが出来る。俺はお前を、心から信頼しているから」

大きく見開いた芽衣の瞳から、涙が溢れてこぼれ落ちる。

「いいか?忘れるな。お前は一人じゃない。お前のピアノは、いつも俺のヴァイオリンと共にある」

芽衣の心の中に真っ直ぐ届く聖の言葉。

気持ちを奮い立たせてくれる力強い眼差し。

温かく包み込んでくれる大きな腕。

芽衣はその全てに胸を打ち震わせていた。

とめどなく溢れる涙に言葉が詰まる。

静かにしゃくり上げて泣き続ける芽衣を、聖は優しく抱きしめていた。
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