Bravissima!ブラヴィッシマ
別荘に戻ると、芽衣は公平と並んでキッチンに立った。

聖が部屋でヴァイオリンの練習をしている間に、二人でこっそりとケーキを焼く。

遅くなったが、聖の誕生日を祝おうと芽衣は公平に提案していた。

「甘いのは苦手だけど、ほろ苦いガトーショコラなら聖も好きだよ」

そう言われて、芽衣は公平に教わりながらガトーショコラを焼いた。

そのあとは、夕食の手巻き寿司の準備とおせち料理も作る。

「こんなにお料理が出来るなんて、高瀬さん、モテ男子ですね」
「いやいや。普段料理を振る舞う機会なんてないから、モテたことはないよ」
「またまたー。彼女は大喜びでしょ?」
「今はいないけど、まあつき合ってる間はね。以前フラれた時、あなたとは別れたいけど、あなたの手料理とは別れたくない、とか言われたことある」

ええー?!と芽衣はおののく。

「な、なんてシビアなセリフ。でもそれだけ高瀬さんのお料理が美味し過ぎるんですよね」
「俺自身に魅力はなくてもね」
「そんなことないです。かっこ良くて気遣いが出来て優しくて。お仕事でも完璧にサポートしてくださるし。逆に欠点が見つかりませんよ」
「それってなんか、ちょっと傷つく」
「えっ、どうしてですか?」

芽衣は驚いて公平を振り仰いだ。

「俺さ、ピアノの講評で『これと言って気になる点はないけど、かと言って魅力的でもない』ってよく言われたんだ。それと一緒なんだろうな。俺自身、致命的な欠点はないけど、魅力もない。まあひと言でいうと、つまらない男なんだよ」
「そんなことないですよ」
「じゃあ芽衣ちゃんは、俺に男としての魅力を感じる?」
「もちろんです。高瀬さんはイケメンだし性格もいいし、とっても素敵な男性だと思います」
「それなら、つき合ってって言ったら頷いてくれるの?」

え?と芽衣は戸惑う。

「高瀬さんに告白されて、断る女性はいない気がしますけど」
「そういうのを聞いてるんじゃないんだ。芽衣ちゃんの気持ちを聞きたい。芽衣ちゃんから見て俺の魅力なんてどこにあるの?ピアノだって芽衣ちゃんには遠く及ばない。やっぱりそういう相手には本気になれない?自分とは釣り合わないって」
「あの、高瀬さん、何のお話ですか?」

公平の様子がいつもと違うことに不安を覚えて、芽衣は少し怖くなった。
少し後ずさると、公平はそんな芽衣に気づいてハッとする。

「ごめん、こんなこと言うつもりじゃなかった。みっともないな、俺」
「いえ、そんなことはないです」
「いや……。自分でもこんなに卑しい気持ちが心の奥底に潜んでたなんてって、幻滅した。俺はこの先もずっと、才能に溢れた人達に嫉妬し続けるのかな」

そう言って寂しげに笑う。

「芽衣ちゃんに好かれたら、ちょっとは自信が持てるかと思ってしまった。ごめんね、気にしないで」
「えっと、はい」

気にしないでと言われても気にはなる。
だが芽衣は忘れることにした。

本当に自分が好かれている訳ではないのだから、と。
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