Bravissima!ブラヴィッシマ
「おー、すごい反響。二人とも動画観てみてよ」

食後のお茶を飲んでいると、公平がパソコンの向きをくるりと変えた。

聖と芽衣は肩を寄せて覗き込む。

「撮りたてほやほやの、新年初撮りラデツキー?」
「そう。編集もほとんど必要なかったからすぐアップしたんだ。そしたらすごいコメントの量。演奏に対する感想というよりは、被り物に対しての」
「ぶっ!演奏者としては致命的だな」
「まあ、たまにはいいんじゃないの?ほんとはバリバリに弾ける二人だって分かってるから、こうやって軽いノリで楽しんでるのが、遊び心あって面白いって思われたんだろう」
「でもなあ、本業でかっこつけたくなる。よし、早速今日から撮影しようぜ」

芽衣と聖がそれぞれ基礎練習をしている間に、公平は楽譜の準備をした。

「新春ってことで、ベートーヴェンのスプリングソナタはどうだ?」
「いいな。よし、被り物なしでいこう」
「当たり前だ!」

そしていつも通りワンテイクで撮影する。

ベートーヴェン作曲《ヴァイオリン・ソナタ第5番》

聖の音色は真っ直ぐ爽やかで、素直で明るい芽衣のピアノの音色とも美しく溶け合った。

「うん、いい年になりそうって気にさせてくれる。あとは、そうだな。ナイジェル・ヘスの《ラヴェンダーの咲く庭で》も明日撮らせてくれ。他にやりたい曲はあるか?」

公平に聞かれて聖は考え込む。

「んー、色々あるけど、それはまた後日少しずつで構わない。この合宿での心残りはないかな。イスラメイは?」
「あの、私は……。やっぱりビゼーが心残りで」
「ああ、ハバネラね。ま、あれはもう少しあとでリベンジしようぜ」
「はい。すみません、私に色気がないせいで」
「そんな真面目に思い詰めるなって。なあ、公平」
「そうだよ、芽衣ちゃん。ハバネラは色気がなくても弾いていいんだよ?」

優しく笑いかけられるが、芽衣はますますしょんぼりと肩を落とした。

「高瀬さん、色気がないって部分は否定してくれないんですね」
「あ、そ、それはその……」

公平が慌てると、聖がきっぱりと口を開いた。

「しょうがないだろ、公平は嘘つけないタチなんだから」
「聖!ごめんね、芽衣ちゃん。そんなことないよ」
「いいんです、お気になさらず。私、今年の目標は『色気を手に入れる』にします」

いやいや、まさかそんな、と公平がフォローするが、聖は真顔で「ああ、ビゼーの為にもがんばれよ」と言い放つ。

「むーっ!見ててください。めちゃくちゃ妖艶なカルメンになってみせますからね!」
「はいはい。楽しみにしてますよー」

ムキー!と聖に憤慨して、芽衣はまたがむしゃらにピアノに向き合った。
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