Bravissima!ブラヴィッシマ
『おお、公平か。元気にしておったか?』

電話の向こうで、聖の祖父が破顔する様子が目に浮かぶ。

聖の同級生だったこともあって、理事長であるにも関わらず、公平にもいつも気さくに接してくれている。

「はい、お陰様で。理事長もお変わりありませんか?」
『ああ、まだくたばっておらんよ。それより、わしも公平に連絡しようと思っておったんだ。観たよ、聖の動画。なかなか良いではないか。あれは公平の発案か?』
「左様でございます。お知らせが遅くなり、申し訳ありません。ここまでの反響があるとは、予想しておらず……」

SNSの更新は事務局に一任されており、普段は特に内容を上層部に伝える必要はなかった。

公演のお知らせや、団員の紹介、練習風景などをアップしているが、大して注目もされていなかったから。

だが理事長自ら切り出すとは、やはり今回の聖の動画はかなり話題になっているということだろう。

『わしのところにも知り合いから連絡があったよ。素晴らしいお孫さんだとな。お前の恩師の佐賀教授からも電話をもらった。それに如月フィルの知名度も上がっているんだろう?』
「ええ。直近の公演のチケットは軒並み完売となりました」
『うむ、でかしたぞ、公平。あの動画、もっとどんどん撮りなさい』

……はあ、と気弱な返事に、理事長は、ん?と聞き返してきた。

『なんだ?何か問題でもあるのか?』
「いえ、その……。肝心の聖があまり乗り気ではなくて……」
『そうなのか?どういう理由で?』
「如月フィルの公式サイトに、自分のソロの動画を載せるのはおかしいと。オケにとってマイナスイメージにならないかと心配していました」
『ええ?あいつが?珍しいな。そんなことを言うやつじゃなかったのに』

やはり祖父である理事長も、自分と同じように感じたらしい。

「理事長、聖はオケに入ってから随分考え方も演奏も変わりました。自分の立場や責任を理解し、あくまでオケの一員だからと己の演奏スタイルを封印しています。コンマスになってからは一層気を引き締め、周りに気を配るようになりました。何せ若干27歳で、如月フィル最年少コンマスとなった訳ですから。年輩の団員は思うところもあるだろうと、聖は気にしています」

へえ、あの聖がねえ……と理事長はしばし考え込む。

『それなら、他の団員が何も言えなくなるくらい圧倒的に良い演奏をすればいい。違うか?』
「理事長、簡単におっしゃいますね。そのお言葉を聖が聞いたらなんと言うか」
『そこはお前の采配次第だろう?公平。聖に周りを黙らせるほどの良い演奏をさせて、動画をどんどん配信しなさい。如月フィルに良い風が吹いているこのチャンスを逃してはならんぞ?』

一切の甘さのない強い口調に、公平は「承知いたしました」と答えるしかなかった。
< 7 / 145 >

この作品をシェア

pagetop