Bravissima!ブラヴィッシマ
「佐賀先生!お忙しい中ご足労いただき、ありがとうございます」
「いやいや、こちらから会いたいと言ったんだから気にしないで」
数日後。
佐賀教授は公平に会いに、如月シンフォニーホールに来ていた。
公平は空いている控え室に教授を案内して、コーヒーを勧める。
「ありがとう。ついでに甘い物も買ってきたんだ。一緒に食べるかい?」
「いただきます。ありがとうございます」
しばらくコーヒーを飲みながら雑談していると、教授はふと壁に貼られたポスターに目をやった。
「なになに、ドリームステージ?」
「あ、そうなんです。実はこういう企画なんですけど……」
公平は書類ケースからチラシを取り出して手渡した。
「もしよろしければ、先生から生徒さんにもお知らせしていただければと」
「へえ、面白そうだね。まさに夢が叶う舞台だな。応募が殺到してるんじゃない?」
「おかげさまで。本番のご招待チケットもありますので、ご都合よろしければ先生もいらしてください」
「それは是非とも行かせてもらいたい。3月15日だね、空けておくよ」
「ありがとうございます」
ところで、と頃合いをみて公平は切り出す。
「先生、本日はどういったお話でしょうか?」
「ああ、まあ、見当はついていると思うけど」
「彼女のことですよね。どうかしましたか?」
「うん……。冬休み明けのレッスンではとても楽しそうに吹っ切れた感じで弾いていたから、良かったなと胸をなで下ろしたんだ。聞けば、君と聖くんと一緒に合宿をさせてもらったとか。お世話になったね、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「動画もたくさん投稿されていて、どれも良い演奏だったよ。これはひと山越えられたかなと思ったんだけど、やっぱりそう簡単にはいかないみたいだね。卒業試験も、卒業演奏会も、どちらも気が重そうなんだ」
そうでしたか、と公平も言葉少なにうつむく。
「先生としては、卒業演奏会には彼女を乗せたいとお考えなのですか?」
「うーん、そこなんだよね。卒業試験は、なんとかして演奏してもらう。例外を認める訳にはいかないし、あの子ならたとえ7割程度の実力しか出せなくてもパスするだろうから。卒業演奏会にもおそらく選出されると思うけど、観客も多いし、そちらの方が緊張するかもしれない。成績には影響ないから、無理に出演せず辞退してもいいとは思う。だけど、そのあと私の手から離れていくことを考えると、なんとも複雑でね。私の力が及ばないまま、卒業させてしまうのが気がかりで」
その気持ちはよく分かるが、公平としても良い案が浮かばない。
「彼女にとって、演奏したい!という気持ちが勝ればステージに立てるのかもしれないですけど。卒業試験の曲には、そんなに思い入れはないのでしょうか?」
「ああ、そうかもしれない。ある意味課題曲だからね。自分で自由に選んで好きなように弾くのとは違うし、何より審査されるというのがネックなんだろうな」
「確かに。好きな曲を弾いている時の彼女は本当に生き生きとしていて、舞台に立つのを躊躇するイメージはないです。その気持ちのまま弾いてくれるようになれば……」
「そうだね。でもそれがなかなか難しい」
二人で考えを巡らせるが、答えは出て来なかった。
「すみません、お役に立てず」
「いやいや、こちらこそ悪かったね。私の力不足が原因なんだ」
「とんでもない。先生、彼女が大学を卒業しても、私と聖は彼女と一緒に活動していきます。何かあればすぐにお知らせいたしますので」
「ありがとう。聖くんにもよろしく伝えて欲しい」
「はい、かしこまりました」
今日のところはこれで、と教授は立ち上がる。
そしてもう一度壁のポスターに目を向けた。
「ドリームステージか……。本当にいい企画だね。盛況をお祈りするよ。本番当日も楽しみにしている」
「ええ、お待ちしています」
最後は互いに笑顔で別れた。
「いやいや、こちらから会いたいと言ったんだから気にしないで」
数日後。
佐賀教授は公平に会いに、如月シンフォニーホールに来ていた。
公平は空いている控え室に教授を案内して、コーヒーを勧める。
「ありがとう。ついでに甘い物も買ってきたんだ。一緒に食べるかい?」
「いただきます。ありがとうございます」
しばらくコーヒーを飲みながら雑談していると、教授はふと壁に貼られたポスターに目をやった。
「なになに、ドリームステージ?」
「あ、そうなんです。実はこういう企画なんですけど……」
公平は書類ケースからチラシを取り出して手渡した。
「もしよろしければ、先生から生徒さんにもお知らせしていただければと」
「へえ、面白そうだね。まさに夢が叶う舞台だな。応募が殺到してるんじゃない?」
「おかげさまで。本番のご招待チケットもありますので、ご都合よろしければ先生もいらしてください」
「それは是非とも行かせてもらいたい。3月15日だね、空けておくよ」
「ありがとうございます」
ところで、と頃合いをみて公平は切り出す。
「先生、本日はどういったお話でしょうか?」
「ああ、まあ、見当はついていると思うけど」
「彼女のことですよね。どうかしましたか?」
「うん……。冬休み明けのレッスンではとても楽しそうに吹っ切れた感じで弾いていたから、良かったなと胸をなで下ろしたんだ。聞けば、君と聖くんと一緒に合宿をさせてもらったとか。お世話になったね、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「動画もたくさん投稿されていて、どれも良い演奏だったよ。これはひと山越えられたかなと思ったんだけど、やっぱりそう簡単にはいかないみたいだね。卒業試験も、卒業演奏会も、どちらも気が重そうなんだ」
そうでしたか、と公平も言葉少なにうつむく。
「先生としては、卒業演奏会には彼女を乗せたいとお考えなのですか?」
「うーん、そこなんだよね。卒業試験は、なんとかして演奏してもらう。例外を認める訳にはいかないし、あの子ならたとえ7割程度の実力しか出せなくてもパスするだろうから。卒業演奏会にもおそらく選出されると思うけど、観客も多いし、そちらの方が緊張するかもしれない。成績には影響ないから、無理に出演せず辞退してもいいとは思う。だけど、そのあと私の手から離れていくことを考えると、なんとも複雑でね。私の力が及ばないまま、卒業させてしまうのが気がかりで」
その気持ちはよく分かるが、公平としても良い案が浮かばない。
「彼女にとって、演奏したい!という気持ちが勝ればステージに立てるのかもしれないですけど。卒業試験の曲には、そんなに思い入れはないのでしょうか?」
「ああ、そうかもしれない。ある意味課題曲だからね。自分で自由に選んで好きなように弾くのとは違うし、何より審査されるというのがネックなんだろうな」
「確かに。好きな曲を弾いている時の彼女は本当に生き生きとしていて、舞台に立つのを躊躇するイメージはないです。その気持ちのまま弾いてくれるようになれば……」
「そうだね。でもそれがなかなか難しい」
二人で考えを巡らせるが、答えは出て来なかった。
「すみません、お役に立てず」
「いやいや、こちらこそ悪かったね。私の力不足が原因なんだ」
「とんでもない。先生、彼女が大学を卒業しても、私と聖は彼女と一緒に活動していきます。何かあればすぐにお知らせいたしますので」
「ありがとう。聖くんにもよろしく伝えて欲しい」
「はい、かしこまりました」
今日のところはこれで、と教授は立ち上がる。
そしてもう一度壁のポスターに目を向けた。
「ドリームステージか……。本当にいい企画だね。盛況をお祈りするよ。本番当日も楽しみにしている」
「ええ、お待ちしています」
最後は互いに笑顔で別れた。