Bravissima!ブラヴィッシマ
倒れたって構わない
芽衣の卒業試験が終わるまでは、と動画撮影を先延ばしにしていたが、2月14日にようやく三人は顔を揃えた。

「なんだか随分久しぶりに感じるね、芽衣ちゃん」
「ええ。私もお二人と会うのが半年ぶりくらいに感じます。あ、そうだ!今日はバレンタインなので、お二人に私からも義理チョコ持って来たんです」

そう言って芽衣は、ゴソゴソと鞄の中を探る。

公平は思わず笑い出した。

「そんなあからさまに義理チョコって言う人、初めてだな」
「えっ、そうなんですか?ごめんなさい」
「気にしないで。芽衣ちゃんらしいなって思っただけだから」
「では、はい!日頃の感謝を込めたサンキューチョコです。高瀬さんに手作りを渡す勇気はないので、買って来たものですけど」
「ありがとう!嬉しいよ」

すると黙って見ていた聖がようやく口を開いた。

「公平、毎年誕生日にチョコばっかりもらう羽目になるな」
「ん?まあね。でもありがたいよ」

芽衣は、へ?と首をひねった。

「誕生日?え!高瀬さん、バレンタインがお誕生日なんですか?」
「うん。実はそうなんだ」
「ええー、大変!すみません、私知らなくて」
「いいよ。この歳の男がいちいち誕生日なんて気にしないから」
「如月さんもそう言ってましたけど、でもお誕生日はいくつになっても特別な日ですから。改めて何かお祝いさせてくださいね。今はこれしか出来ないですけど」

そう言って芽衣はピアノの前に座った。

ジャーンと和音を随所に入れながらハッピーバースデーのメロディを奏でると、徐々にテンポアップして曲調を変えていく。

ジャズ風、ワルツ風、タンゴ風、マーチ風……

いつの間にか聖もヴァイオリンで加わった。

どこまでも続く二人のアドリブに、公平は感激して聴き惚れる。

最後はロマンチックにしっとりと奏で、ラストの音をフェルマータで美しく響かせた。

「高瀬さん、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう、公平」

演奏を終えた芽衣と聖が笑顔で拍手をする。

「ありがとう!なんか俺、めちゃくちゃ嬉しいよ」
「ふふっ、如月さんのお誕生日も驚いたけど、まさか高瀬さんもとは。名前の由来は?バレンタインと関係あるんですか?」
「公平だよ?ある訳ないでしょ。芽衣ちゃんは5月生まれだからだっけ?名前が誕生日に由来してるのは、天才ならではだな」
「は?どこのデータですか、それ」
「俺調べ」

あはは!と芽衣は笑い出す。

「対象人数二人とかですか?当てにならないですよー」
「あー、俺も誕生日に由来した名前だったら、天才ピアニストになれたかもなあ」
「バレンタインに由来した名前って、どういうのですか?」
「そうだな……。バレンティーノとか」

バレンティーノ?!と、芽衣はますます面白そうに笑い転げる。

「いい!似合いますよ。天才ピアニスト、高瀬 バレンティーノ。CDめっちゃ売れそう。貴族っぽい衣装のパッケージ写真で」
「勘違いしたナルシストみたいなやつね」

盛り上がる二人に、聖はやれやれと苦笑いする。

「ほら、バレンティーノにイスラメイ。早く撮影するぞ」
「はーい!如月さんも、何か外国人っぽい名前考えましょうか?」
「いらんわ!」

今日も1発撮りで、シュテックメスト編曲の《歌の翼による幻想曲》を合わせる。

ハイネの詩によるメンデルスゾーンの有名な歌曲『歌の翼』を題材とした、フルートとピアノ為に書かれた美しい曲を、この日も二人は息を合わせて見事に歌い上げた。

そしてまたおしゃべりを楽しむ。

久しぶりの三人の時間は、変わらずに賑やかで笑いの絶えないものだった。
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