恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

「あの、真城さん……?」
「今のは、本当に……言い訳のしようもない。俺が馬鹿だった」

 真城さんが私の声を遮るようにそう言って、深々と頭を下げる。

 私にキスをしたのは〝馬鹿だった〟――と思うようなことなのだ。

 つまり、本当はそんなことするつもりはなかったと言う意味だ。

 停電という状況で、男女ふたりで抱き合っていたから魔が差したとか?

 真城さんなら、優しさからくる庇護欲がちょっと暴走しすぎたとか、そういうパターンもありそうだ。どちらにしろ、正当な理由でキスしたわけじゃないことに変わりはないけれど――。

「気にしないでください。私なら大丈夫ですから」

 なにが大丈夫なのか自分でもよくわからないけれど、強がることなら得意なので、微笑みを貼り付ける。

 顔を上げた真城さんはバツが悪そうな顔をしていて、本当に悪いことをしたと思っているようだった。

 そんなに後悔しているのだろうか。私は決して、嫌ではなかったのに。

「雷……落ち着いたみたいだな。俺、帰るよ」

 重苦しい雰囲気から逃れるように、真城さんがスッとソファから下りる。

 私は慌てて棚の引き出しから約束のゴミ袋を一枚取り出すと、玄関まで彼を追いかけていき、気まずさをごまかすように「どうぞ」と手渡した。

 真城さんは一瞬迷ったのち、静かに受け取ってくれる。

< 108 / 199 >

この作品をシェア

pagetop