恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
定時を過ぎ、帰り支度を済ませて会社の廊下を歩いていると、後ろから誰かが駆けてくる足音がした。振り向くと、そこにいたのは息を切らせた真城さんだ。
「お疲れ様です」
「神崎さん、お疲れ」
彼はそう言って辺りをキョロキョロし、一度小さく息をつく。
「……大丈夫みたいだな」
「どうしました?」
「いや、なんでもない。それより、帰る前に一杯だけどう? 今日はワインオープナーばかり見ていたからか、ワイン飲みたい欲がすごいんだ」
「はい、ぜひ――」
……あれ? 私、真城さんとふたりで飲みに行く仲だっけ?
ごく自然に承諾しそうになっている自分に気づいて、軽く動揺する。
前に食事をしようとは約束したけれど、それからあの雷の夜があって、事故みたいなキスをして……同じ日、彼には部屋まで会いに来る女性がいると知った。
だからあの約束はあってないようなものだし、真城さんとは一線を引いて接し続けようと決めたじゃない。
あの女性が恋人なら、彼が他の女性とふたりでワインを飲むと知ってきっといい気はしない。
「ごめんなさい、やっぱり遠慮しておきます……」
「そっか。だったら送る。一緒に帰ろう」
「えっ? あの、でも……」
彼女さんに見られたら、誤解されるのでは?
心の中でなら聞けるのに、口に出すことはできない。