恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

「よかったんですか? 帰らせてしまって」
「ああ。那美にも言っただろ。きみとの先約があるって」
「先約というほどのものでもないような……」
「神崎さんに誤解されたくなかったんだ。マンションでも何度か彼女を見かけただろうけど、ただの友人だって、ちゃんと説明しておきたかった」

 ……どうして、わざわざ?

 私はまた聞きたい質問を口に出せなかった。彼の思わせぶりなセリフに心はぐらぐらと揺れているのに、相棒の顔を保つので精いっぱいで、核心に触れられない。

「私も、ただの同僚ですけどね」

 おまけに、冗談めかしてそんなことまで口走ってしまった。気まずさをごまかすように笑顔を作るけれど、真城さんは笑ってくれない。

「……俺は」

 どうしよう。余計なことを言ったかもしれない。

 今までこういう話題を必死で避けてきたはずなのに、自分から藪をつつくような真似をするなんて、本当に馬鹿。

「ただの同僚に、あんなことはしない」

 あんなこと――そう言われた途端に、唇がキスの感触を思い出した。

 真城さんの瞳はどこまでもまっすぐで、嘘を言っている様子はない。

 でも、彼はあの時のキスを後悔していた。『俺が馬鹿だった』って。

 なのに、今さらそんなことを言う理由は……?

 動揺を隠しきれず、目をしばたたく。

< 124 / 199 >

この作品をシェア

pagetop