恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

 あれが針ヶ谷さんの話なのだとしたら、すでに真城さんは彼を問い詰めた後だったということだ。

 そういえばあの日、会社帰りに私を追いかけてきた彼は、周囲を気にしていた。そして那美さんからの誘いをきっぱり断って、マンションまで送ってくれて……もしかしたら、逆恨みした針ヶ谷さんが私に危害を加えると思ったとか?

 私の知らないところで、どうしてそこまで――。

「部長、その音声データって……私が聞くことはできないですよね?」
「それは、真城くんから固く禁じられているのですみません。男の約束なんです。ただ、神崎さんが針ヶ谷くんを法に訴えたいとなれば話は別ですが……」
「い、いえ、そこまでは考えていません!」

 さすがに訴えるという発想はなかったので、慌てて否定する。

 ネチネチした嫌味は多かったが、彼の言葉にたいした攻撃力はなかった。

 仮病や資料室の件も、ここ最近忙しくてすっかり忘れていたくらいだし。

「そうですか。でも、これからまた似たようなことがあったら、今度は僕にひと言相談してくださいね。頼りない上司ですが、真城くんに叱られて目が覚めたので」
「はい、わかりました……」

 先に出て行く部長の背中を見送り、ミーティングスペースでひとり、ぽつんと立ち尽くす。そっと胸に手を置くと、頭に浮かんだのは当然真城さんのことだ。

 針ヶ谷さんの件は、彼がもともと持っている優しさと正義感から行動を起こしただけ。きっとそうに決まっている。

 何度も自分に言い聞かせるのに、私を守ってくれようとしたのでは――という思いが拭えず、胸の高鳴りを止められない。

 ……相棒でいたいなんて建前だ。今、ハッキリとそう自覚する。

 私は真城さんのことが好きで、好きで好きで仕方ないくせに、素直になるのが怖いだけだ――。


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