恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
『それは、お前が彼女の素顔を引き出せなかっただけだろ。神崎さんは芯の強い女性だが、人並みに悩むし脆いところだってある。したたかに見せているのはむしろ虚勢だよ』
だから、この手で守ってらなくてはと思う。どんな時でも『大丈夫』と言って強がる彼女の本音に誰より先に気づき、癒やしてあげられる存在になりたい。
『フン、ずいぶん神崎に惚れ込んでんだな。でも、正直アイツ抱いたってつまんねーだろ。完全にマグロだし――』
針ヶ谷が馬鹿にしたように鼻を鳴らしてそう言った直後、俺は衝動的に拳を振り上げていた。
拳は針ヶ谷の頬すれすれの位置をかすめ、彼の背後にあった金属製のキャビネットの扉にぶつかり、大きな音を立てる。力任せに殴ったせいで、扉に派手なへこみができてしまった。
針ヶ谷の顔からサッと血の気が引く。
『ま、真城……落ち着けって、なぁ』
『もう一度言ってみろ。今度は外さない』
会社の備品を壊した始末書を書くことになるだろう。針ヶ谷の返答次第では始末書どころで済まなくなるかもしれないが、それでもかまわなかった。
想い人をこんな風に馬鹿にされて、平常心でいろと言う方が無理な話だ。
『んな怒んなって……ちょっとした冗談だろ』
針ヶ谷はヘラヘラしていたが、俺はにこりとも笑わない。胸の前でこぶしの関節をぽきぽきと鳴らし、本気で鉄拳制裁も辞さない覚悟を見せる。