恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
まるで我が子のことを語るようなニルセンさんを見て、それほど愛情をかけて栽培したブドウで造るからこそ、彼のワインは美味しいのだと納得する。
「それで、試験というのは具体的になにをすればいいのでしょう?」
なかなかその話が出ないのでこちらから尋ねてみると、ニルセンさんはぴたりと足を止める。ブドウの葉を揺らす風が通り抜け、静かになったところで彼が苦笑した。
「騙すようなことをしてすみません。実は、試験を受けるのは神崎さんだけなのです」
「えっ……?」
意味がわからず、固まってしまう。試験を受けるのは彼女だけ……?
「以前、別の日本企業からも私たちのワインを注文したいと依頼されたことがありました。その時の担当者も男女のふたり組で、あなた方と同じようにこうして私たちのワイナリーまで足を運んでくれました」
俺は黙ってニルセンさんの話に耳を傾ける。
嘘をついてまで神崎さんと俺を引き離し、彼女だけに試験を受けさせるのには、どうやらなにか理由があるようだ。
「しかし、その時の担当者でワインの知識があるのは男性の方だけだった。女性の方にはなにを質問しても要領を得なくて、女性が席を外したところで思わず妻が聞いたんです。『彼女はなんのためにここにいるのか』と」
そのピリピリとした空気を想像しただけで肝が冷えた。
大切な商品を預けてくれようとしている取引先に不信感を抱かせるというのは、営業として致命的なミスだ。