恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
「彼らは私が年寄りだから耳が遠いとでも思ったのか、それともお酒を飲んで気が大きくなってしまったのか、笑いながら大声で話していました。『神崎もバカだよな。新入社員の頃に契約してくれた恩義があるってだけで、こんな寂れた店にいつまでも尽くして』――と。それを聞いた他の仲間たちも、どっと笑って大盛り上がり。ですから、半信半疑ではありつつも、もしかして神崎さんに無理をさせていたのかもと思ってしまって」
店主の寂しそうな苦笑いを見て、怒りがこみ上げた。
なんて馬鹿なことをしてくれたんだろう。
自分が槍玉に上がったことより、彼らがこの店を『寂れた』と表現し、店主に深刻な誤解を与えるような話をしていたというのが許せない。
そして、確信した。その飲みに来たグループの中に、針ヶ谷さんがいたであろうことを。
新入社員の時にこの店で契約を取り、どんなに小さな実績でもその感動が忘れられないのだと詳しく話して聞かせたのは、交際相手だった彼だけ。
元恋人の個人的な話を酒の肴にするばかりか、大切な取引先でその店を貶めるような発言をする無神経さが信じられない。
針ヶ谷さんへの怒りと店主への申し訳なさとで感情がぐちゃぐちゃだが、今はとにかく謝らなくては。