恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
幸せな新郎新婦

 昴矢さんと結ばれておよそひと月が経過した、夏の夜。

 会社帰りに寄った残照の静かな店内で、那美さんの恋人・翔真さんが私と昴矢さんに深く頭を下げた。

 彼は私たちに謝りたいとずっと言ってくれていて、お互いの予定が合ったのがちょうど今日だったのだ。

「うちの那美が大変ご迷惑をおかけしました……!」

 あまりに派手な謝罪っぷりなので、店内の注目を集めてしまう。

 カウンターの向こうでグラスを磨いている店主と目が合ったので、「すみません」と口の動きだけで伝えた。

 店主の方に気にしたそぶりはなく、〝大丈夫ですよ〟伝えるかのように、笑顔を返してくれる。

「那美が昴矢に頻繁に会いに行ってたあの頃、どうしても成功させたい仕事のプロジェクトがあって、アイツが体調悪そうなことも見て見ぬふりしてたんです。那美は那美で、俺が忙しくしてることはわかってるから、妊娠のことを言い出しても冷たくされるんじゃないかと思って言い出せなかったみたいで」
「……それで昴矢さんに」

 彼女が妊娠の事実をあんなに必死で伝えていたのは、なかなか翔真さんに話せないでいるうちに、ひとりでは抱えきれなくなってしまったからだったらしい。

 彼らは同棲しているそうで、だからこそもどかしさがあったのだろう。

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