恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
「同僚が失礼なことを言って、申し訳ございません……!」
「いやいや。私も、本当は胸に留めておくべき話を、あなたが嫌な思いをするとわかっていてお聞かせしてしまいました。すみません、この通りです」
店主はなにも悪くないのに、深々と頭を下げるので慌ててしまう。
「どうか頭を上げてください。悪いのはこちらですので……!」
「とんでもない。今日神崎さんと話して、あなたを疑った自分が恥ずかしくなりました。今後も大量にワインを仕入れるのは難しいですが、どうかこの店をよろしくお願いします」
あんなにひどい話を聞かされたら会社自体に不信感を持ってもおかしくないのに、私を信じてこの先も取引を継続してくれるようだ。
確かな信頼を寄せられているのを感じ、不覚にも目頭が熱くなる。
「ありがとうございます。こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします」
「ええ。たまには神崎さんも愚痴を言いに来てくださいね」
「わかりました。言われっぱなしじゃ悔しいですもんね」
店主の明るいフォローに救われ、笑顔を取り戻す。
もちろん、こんなに会社の近くの店で仕事の愚痴を大っぴらに話すことはできないけれど、この店には美味しいワインが揃っているから、ただそれを味わうのを楽しみに来よう――。
思いがけない話に動揺したものの、大切な取引先を失わずに済んでホッとしながら店を出る。
午後五時を過ぎたばかりだが外はすっかり真っ暗で、冷たい風にコートの前をかきあわせると、早足で会社へ急いだ。