恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

 数分で電気が復旧し、部屋が明るさを取り戻す。

 急に照れくささが押し寄せて彼から離れようとした瞬間、手首をきゅっと掴まれて、視線が絡んだ。

 心の奥を覗くような真剣な眼差し――。

 ドキン、と鼓動が脈打った次の瞬間、唇にやわらかなものが重なる。

 それが彼の唇だと理解する頃にはキスは終わっていて、呆然とする私に気づいた彼は、後悔するように目を伏せた。

「……ごめん」

 そのひと言は〝今のキスはただの事故だ〟という意味に聞こえた。

 停電した部屋で、異性を抱きしめていたらつい魔が差した。大人の男女が同じ部屋にいれば、そういうこともあるのだろう。

 自分を納得させるように思っても、胸の奥に鈍い痛みが走った。

 せつない、という単語が脳裏をかすめたが、私にそんな繊細な感情は似合わない。

「気にしないでください。私なら大丈夫ですから」

 小さく首を振って、微笑を浮かべる。

 いつも通り強がっていれば、本当に〝大丈夫〟になるから。

 彼となら、これまでの恋とは違う運命を辿れるかも――なんて。

 甘すぎる期待を抱いていたことには、気づかなかったふりをする。

 それでも唇に残る甘い余韻はいつまでも尾を引いて、なかなか消えてくれなかった。


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