恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

「ほら、神崎って怖ぇだろ。こっちが本性なんだ。お前も気をつけろよ」
「余計なお世話だ」

 真城さんがそっけなく返すと、さすがに居たたまれなくなったらしい針ヶ谷さんがそそくさと営業部を出て行く。

 私はようやく肩の力を抜き、ため息をついた。

「針ヶ谷って、あんなしょうもないヤツだったか?」

 真城さんが思わずといった感じに呟いた。自分が海外へ行っている間に別人になったとでも言いたげだ。

 ……たぶん、私と付き合ってしまったせいだろう。

 呟くのは心の中だけにして曖昧な苦笑を返すと、真城さんの手からそっとファイルの束を受け取った。

「くだらない言い合いに巻き込んでしまってすみません。お手伝いしてくださってありがとうございました」
「どういたしまして。今からこれ全部読み込むのか?」
「全部ではありませんが、できるだけ情報は多い方がいいと思っています。うちが扱う国産ワインに興味を示してくれた和食レストランがあるんですが、なんとしてでも新しい取引先になってもらいたいので、気合を入れてPR用の資料を作るつもりなんです」

 私生活のゴタゴタは口にしたくなくても、仕事の話をするのは楽しい。ファイルを抱えて微笑むと、真城さんも納得したように頷いてくれる。

「うまくいくよう祈ってるよ。しかし今からじゃ、かなり残業になりそうだな」
「慣れてますから大丈夫です。では、仕事に戻ります」

 真城さんにぺこりと頭を下げ、定時を過ぎて人の減ったオープンスペースへファイルを運ぶ。

 それからパソコンを開くと、軽く自分の頬を叩いて活を入れた。

< 25 / 199 >

この作品をシェア

pagetop